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49、約束
しおりを挟む「これは……」
光量が凄まじく、エヴァンは思わず顔を手でかばう。
すると光の中に、誰かの姿が浮かんでいた。
誰かはエヴァンのよく知る人で、金色の髪をなびかせて、手には杖を持っている。その姿はまるで、人ならぬものが降臨したかのようだった。実際は、下からやって来たのだろうが。
その人は――フィアリスは、宙に浮かんだまま額に手を当てて、ため息をこぼした。
「……私も、腹を決めなくちゃならないな。逃げるのはもうやめだ」
エヴァンは剣を取り落としそうになった。安堵で力が抜けそうになる。
フィアリスを、信じていたけれど。消えてしまうのではないかという不安がなかったとは言えない。
私のそばに、ずっといて下さい。そう叫び出したくなるのをいつもこらえている。
あなたは私と出会った時から、いつも消えたがっていた。光の中に溶けていくのを望んでいたのを知っている。
「フィアリス。戻って……きてくれたんですね」
「私がいなくなったら、君は泣くだろう。私のために君を泣かせたくはないんだ」
光は勢いが衰えてはいたが、いまだゆったりと天まで昇り続けている。きらきらとした煌めきが、美しいフィアリスを輝かせていた。
「あのね、エヴァン。本音を言おう。私は君に相応しくないと思ってる。思っちゃいけないんだけど、思ってしまうんだな、どうしても。だって私は、君にはもっと良いお嬢さんを妻として迎えてほしかったんだもの。気立てが良くて優しくて、芯が強くてうじうじ悩まない人だ。私は自覚があるほどに面倒くさい男だから、一緒にいると苦労させてしまうだろう」
フィアリスは苦笑して言葉を続ける。
「だから、先に謝っておくね。こんな私でごめん。けれど私は努力する。君に相応しくなれるように歩み続けよう。君のことがすごく好きなんだよ。いなくなりたいと思う反面、ずっと一緒にいたいと思うのも事実なんだ。困っちゃうよな、本当に」
エヴァンは知っている。フィアリスはとても優しいのだ。自分のために誰も傷ついてほしくないと思いつめている。
自分はいない方がエヴァンのためだと考えながら、けれどエヴァンの本当の幸いはフィアリスがそばにいることだと知っていて煩悶していたのだ。
自分が愛しすぎていて、この人を苦しめているのかもしれないという思いが頭をよぎることもある。しかし、エヴァンはもう手を離さないと決めていた。
フィアリスは幸せにならなくちゃいけない。そして彼を幸せにできるのは、自分だけなのだ。
フィアリスはゆっくりと床に降り立った。
「エヴァン。いつか結婚式を挙げようか」
フィアリスは優しい微笑みをエヴァンに向ける。
「正式な式は挙げられないけど、私達の関係を許してくれる寛大な人達を呼んで、みんなにも祝ってもらおう。君は成人したばかりだからすぐにとはいかない。何年か先になるだろうけど。もっと大人になって、仕事や周りのことが落ち着いたら」
「……いいんですか?」
喉の奥から熱いものが込みあげてきて、息が詰まりそうになる。なんだか、鼻の奥がつんと痛んだ。滅多なことではもう泣かないと誓っているのに、ひょいと昔の泣き虫エヴァンが顔をのぞかせようとしている。
「君が望む限り、君の隣にいるのは私だ。もう誰かに譲ろうとはしないよ。おいで、私の可愛いエヴァン」
フィアリスが手を広げる。
エヴァンは剣を落として、フィアリスに駆け寄った。フィアリスを抱きしめる。
よしよし、とフィアリスはエヴァンの背中をさすった。
「ごめんね、エヴァン。君に嫌なことをたくさん言おうとしてしまったね。君にもティリシア様にも、悪いことをしたよ」
「いいんです。気にしていません」
フィアリスが、戻ってきてくれた。自分と式を挙げてくれると言う。それだけで十分だった。
あなたは多分、自分が言うようにまた何度でも優しさゆえに悩んでしまうのかもしれない。でも、それでもいいと思う。面倒だなんて思ったことはない。
弱くて脆くて儚くて、いつもエヴァンを案じてくれるフィアリスを、悩みすぎるその心も全てひっくるめて愛しているのだ。
これからの道のりがどんなものであろうとも、彼と手を繋いで、どこまでも進み続けることができる。そんな確信は変わらない。
フィアリスは目も眩むような美しい微笑を浮かべると、エヴァンの首に手を回してそっと唇を重ねる。
この温もりが、エヴァンにとっての全てなのだ。彼と触れ合う度にその思いを強くする。
そこで、はっとフィアリスが顔を強ばらせてエヴァンの背後へ視線を向けた。エヴァンもその視線をたどって振り向く。
すると下から戻ってきたらしいティリシアとキース、それにノアが立っていた。
「フィアリス様……ご無事で何よりですわ……」
ティリシアは顔を赤く染めながらぼそぼそと喋っていた。
キースはいつもの光景なので無反応。ノアは文字通り目をつぶっていた。彼なりの優しさで見なかったことにしてくれたらしい。
皆に睦まじいところを目撃されたフィアリスは、少女のように赤面して顔をそらし、体を縮こまらせるとついに耐えられなくなったのか両手で顔面を覆ってしまった。
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