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46、奇跡の力

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 * * *

 ユリーナの体から黒いものが噴出したかと思うと巨大になって、外殻をまとった魔物に変化する。
 シルエットは逆三角形で、二つ足で立つ化け物だ。赤い目は地上のどんな生物とも似ていない。生を貪る悪しき目だった。

「下がって!」

 フィアリスは大声を出して前に踏み出した。目にも止まらぬ速さで魔物は迫り、杖から衝撃波を放って吹き飛ばす。
 後ろに下がるティリシアには防護の膜を張るが、すぐに破れてしまうので何度も張り直さなくてはならなかった。

 壁に激突した魔物はすぐに体勢を立て直して、またこちらへと跳躍してくる。恐ろしいほど頑丈で、そして素早かった。
 広さに限りがあるので、距離をとって爆発させるのも難しい。フィアリスは呪文を唱え、鋭い刃を出現させて体を真っ二つにしようとした。

 が、刃が弾き返される。強化した杖で刃を受け止めて消滅させた。
 更に鋭い刃を生み出し、ついに真横に刃が通って魔物の体は二つになった。だが、瞬く間にくっついてしまう。
 曖昧ではなくはっきりとした形を持つ魔物は、核を破壊すれば体が崩れて再生しなくなる。だが人の亡骸と融合させた魔物はどこに核があるのか不明で、その大きさもわからない。

(胸部かな)

 と狙って光の矢を放つが、深く刺さらないで消えてしまった。外での戦闘に慣れてしまっているから、こういった限られた空間で魔物を相手にするのは骨が折れた。
 事前の打ち合わせから考えて、そろそろ待機させていた侯爵家の使用人の一人が駆けつけてもいい頃だ。ティリシアを託して魔物に集中しなければ、この場がもたないかもしれない。さっきからパラパラと上が崩れてきている。

「フィアリス様! 大丈夫ですか!」
「大丈夫です。ただ、思ったより時間がかかってしまって……」

 跳んできた魔物を杖で殴打して吹き飛ばす。だがちっとも効いていないようでまたかかってきた。
 今度は大きな魔法弾を食らわせて後方に押しやる。続いて二撃、三撃と繰り出すが、三撃目は何故か敵に届く前にかき消えてしまった。

「……あれ?」

 再び魔法弾を飛ばすが届かない。
 と、魔物の後ろで光っている結晶が目についた。

「どうも、あれに吸われてるみたいだな……」

 魔力を集める装置と見た。伯爵はとんでもないものを作っているらしい。こういった類の魔道具は今までもなくはないが、ここまで大規模なのは見なかった。
 なるほど、オーダントン伯爵にはかなりの才能があるらしい。それを真っ当に人々のために使ってくれれば良かったのだが、今嘆いても仕方ないだろう。

 接近戦は得意な方ではないが、離れて術を放つとあの装置に吸収されてしまう。ティリシアを逃がした方がいいかと思案していると、別の魔物が入り口をくぐって姿を現した。

「何匹飼ってるんだ、あの男は」

 うんざりしながら術を放って後退させるが、やはり威力が弱い。ティリシアを守る術を繰り返し張り、ニ体の魔物を牽制するのはかなりの集中力を要した。香の効果はまだ続いているし、魔力は吸われるしで散々な状態だ。
 魔物人間の方に飛びかかられ、杖で防御する。再び入って来ようとする魔物も見えない力で上から押さえた。
 魔力を放っているのにあの結晶が吸ってしまうので手応えがなく、ずっと放ち続けなくてはならない。
 あれを先に壊してしまおうかと衝撃波を向けたが、これすら吸われてしまった。

「ティリシア様、逃げ……」

 いや、逃げるにしても押さえつけている魔物で出口は塞がれてしまっている。両手で物を抱えて、尚も物を抱えようとしているようなもどかしさがあった。
 壁際にぴったりと張りついていたティリシアだったが、足をよろめかせながら出口とは反対の方へと走っていく。

 何を、と思っていると、彼女は結晶に向かって聖女の力を放ち始めた。二級石を手にしているので力は増幅している。ただでさえ聖女の力というのはかなりのエネルギー量があるので、最大出力ともなると圧巻だった。年若の少女が秘めている量とは思えない。
 フィアリスはすぐに彼女の意図を汲んだ。
 にじり寄ってくる魔物を吹き飛ばす。術の威力が戻っている。

 ティリシアの力を吸う一方になった装置が、フィアリスの力までは回収できなくなっているのだ。この機会を逃すわけにはいかない。
 光芒を放って魔物の手足を切り離した。すぐに再生するのを横目で見ながら、ティリシアの方にも気を配る。
 そもそも力を貯めるために作られた装置だから、向こうの思惑通りになっているかもしれない。それにティリシアの力が底を尽きてしまったら……。

 装置の中にはいくつもの二級石が組み込まれている。こんなに複数の等級の高い石を伯爵が所持することを許されるはずがないので、おそらく不正に入手したものなのだろう。
 と、バギン! と何かが割れる音が高らかに響いてフィアリスは目を見張る。
 ティリシアが歯を食いしばって更なる力を注ぐと、装置である結晶が大きく砕けたのだ。そしてついに――真ん中から弾けるように飛び散った。

 破片が刺さらないようにティリシアに防御の術をかけ直しながら、フィアリスは内心唖然としていた。
 聖女の力は確かに、奇跡の力だ。自分であればここまで一気に放出することはできないだろう。
 ティリシアはそれで疲れを見せることはなく、なんとまた侵入してこようとした別の魔物を圧倒的な光で吹き飛ばした。魔石を使うと、目眩ましだけではなく魔物に作用する力になるらしい。
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