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39、ユリーナ
しおりを挟む色の白い女性だった。長い髪の色は銀色。姿からして北西の帝国がある地方の出身のように見えた。確か行方不明になった聖女の少女も、そうであったはずだ。
しかし顔がよくわからない。彼女はヴェールをかぶっていて、肩にはショールをかけているのだ。
「ユリーナ様。あなたは、あの方との婚姻を望んでいらっしゃるのですか」
慎重にティリシアが声をかける。まだ彼女が何者かも、その考えもわからないのだ。
ユリーナはなかなか返事をしなかった。エヴァンは、彼女はひょっとすると作り物――人形か何かではないのかと訝った。
というのも生気が感じられないのだ。息をしているかどうかも怪しい。
しかし、エヴァンがそう考えた時、ユリーナは肩を動かしてゆっくりと呼吸をした。
「……わかりません」
ごく小さな声でユリーナは答えた。
「どこであの方とお会いになりましたの? あなたのご出身はどこですか? ひょっとして、教会から聖女と認められたユリーナ・トリス様ではありませんか?」
ユリーナはヴェールの向こうでどこか一点を凝視し続けたまま、のろのろと言葉を続けた。
「記憶が……定かではなくて。私は……消えてしまいそうになった時に、旦那様にこの身を繋ぎとめてもらい、面倒を見ていただいたようで……」
伯爵に命を救われたように聞こえないでもない。
けれど、あの男が少女を助けるような心があるようには思えないし、聖女のユリーナがさらわれたのは十年も前だ。一体出会いはいつなのだろう。
どこか眠たそうな口調で、会話が思うように進まない。ティリシアも歯がゆそうにしていたが、声を潜めてユリーナに話しかけた。
「もしもあなたが助けを求めているのなら、私達が力を貸します。私、ティリシア・フェンロードリは、教会から聖女と認められた者です」
それでもユリーナの反応は鈍かった。
なおも話を続けようとしたところで、伯爵家の使用人が近づいてきて、「ユリーナ様は緊張のためあまりご気分が優れず、申し訳ありません」と強制的に会話を打ち切られてしまった。
目の端で確認すると、伯爵がこちらを見ている。エヴァンとティリシアは彼女から離れるしかなかった。
ユリーナから決定的な言葉が聞けていない。このまま様子を見て、会が終わってからまた機会をうかがって彼女と話をするべきか。
エヴァンは会場を見渡した。
いくら付き合いが少ないと言っても伯爵は貴族であり、人との繋がりが皆無というわけではない。招待客は多くが貴族で、三分の一ほどは親族だ。
伯爵の親族だという一人の子爵が近づいてきて、挨拶をする。そのままいくらか世間話をした。
彼は、伯爵と全く関わり合いなどないはずの大貴族、リトスロード侯爵家の子息が何故こんなところに来ているのか不思議に思いつつ、少しでも顔を売っておこうとしているらしかった。
エヴァンは耳にたこができるようなおべっかを右から左に聞き流し、それが途切れたところですかさず質問した。
「ユリーナ嬢とオーダントン卿の馴れ初めを私はうかがっていないのです。ユリーナ嬢はいつ頃から卿とお知り合いなのでしょう。あなたは以前から彼女をお見かけしていたのですか?」
すると子爵は首を傾げる。
「私も招待状が来るまで、ユリーナ様という方は存じ上げなかったのですよ。元々伯爵閣下はご自分の生活について語らない方でいらっしゃいますが、婚約者になるような女性がいるとは初耳でしたねぇ。ユリーナ様は今日初めてお会いしましたよ」
この子爵はそこそこ伯爵とは付き合いがある男だそうだ。となると、ユリーナの存在は本当に突然湧いて出てきてようなものである。誰も名前すら聞かなかったと口を揃えているのだ。
エヴァンは距離を置いて、オーダントン伯爵に視線を投げる。
あの男は、何を企んでいる?
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