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35、目立ちすぎます

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「エヴァン様、私では力不足のようです! どうにもなりません」

 どうにもならないとはどういうことだ。首を横に振る侍女に落ち着くようエヴァンは声をかけた。彼女は扉の外を指さす。

「どうしたってこうなってしまうのです。フィアリス様は目立ちすぎます!」

 という声と同時に、胡乱な顔をしたフィアリスが静かに入室してきた。

「うわっ」

 彼を見た途端、エヴァンもちょっとした悲鳴じみた声をあげて目を細めた。眩しく感じて、直視できなかったのだ。
 青藤色のドレスが、白磁の肌によく似合っている。腰の部分は細く絞られ、華奢な少女のような体型がよくわかった。
 ドレスは豪華なものではないが、それでもフィアリスが身につけたなら輝いて見える。
 いつもは背中に流しているだけの髪も、結われていると印象が違った。うなじや美しい顎のラインが強調されて目が奪われる。

 うっすらとだが顔に化粧もほどこされていた。その方が女性に見えやすいからということだろう。色づく唇と、目元にも色を差している。
 普段から神々しいまでに美しい花顔だが、そこに華やかさが加わって佳容が際だつ。
 ただ女物の服を着て化粧をしただけだが、と言いたげな本人の表情はややうんざりしていた。その場に集う者が口々に騒ぎ始める。

「地味な衣装でも、これほど目立ってしまうのです! どうしたってこうなりますわ、元があまりによろしいんですもの。どうしましょう、綺麗すぎてこれでは人目を引きすぎます! これでも努力して、お化粧もうんとささやかにしたんですよ。何もしないというわけにはまいりませんから!」

 エヴァンの兄嫁の侍女は嘆きながら片手で顔をおおっている。

「フィアリス様、お美しいですわ。傾国の美女というのはあなたのような方を言われるのですね! 眼福です。もっといろいろな衣装を着られているところを見てみたいですわ!」

 ティリシアも感動しながら手を打ち鳴らしている。

「あなたの美しさって底なしなんですね……。本当に何でも着こなしてしまう。眩しくって直視できませんよ。いつもと違う髪型を見ただけで動悸がするものなんですね。何もしなくても美しいですけど、どんな変化だって美しさを伴うあなたが、本当に好きです。言葉にできないくらいです。どうしてそんなに美しいんですか? フィアリス」

 エヴァンは目を細めたまま立ち尽くしていた。

「お前、本日の主役ですって面してるぞ。侍女役がそんなに目立ってどうするつもりなんだよ」

 とツッコミを入れてくるのはレーヴェである。
 フィアリスは誰かが喋る度にそちらへ顔を向けていたが、なかなか皆が口を閉じないので大きなため息をついた。

「みんな、やめてくれ! そんなにお世辞を言ったって何も出やしないよ。これはとってもいいかな? イヤリングなんてつけないでしょう、お仕事をする侍女が。それにこれ、侍女服じゃないですよね? ひらひらしすぎでは?」

 地味にした地味にしたとエヴァンの兄嫁の侍女は言い張っていたが、我慢できずにフィアリスをやや過剰に飾り立てていた。いくつかの装飾品と髪を結うリボンなどが目につく。
 こんな機会はまたとない、との欲が抑えきれなかったと見える。侍女のベラを連れて一度下がり、今度こそ地味な侍女服に着替えて戻る。けれどもその輝きは全く薄れず、衣装の問題ではないらしかった。

「それでどう思う? いけるかな?」

 似合います、と即答するエヴァンに、そんなことは聞いてないとフィアリスはうなだれる。
 ティリシア達女子二人は衣装や髪型のことで盛り上がっているし、エヴァンは感慨深そうに頷いていて話にならない。
 フィアリスは自分の体を見下ろし、ドレスの裾をつまんでいた。

「レーヴェはどう思う?」
「目立つだろうなぁ。お前が誰かに求婚されるかもよ」

 これ以上警戒されるようなことは避けたいフィアリスだ。女装をよすにしても、素顔をさらせば目立ってしまう。普段人前では魔術師のローブのフードを目深にかぶって顔を隠しているが、今回はそうもいかないだろう。どの道人目を集めてしまうかもしれない。怪しまれないよう、目立たない女性に変装することが望ましいのだが。
 レーヴェがフィアリスに近づいてまじまじと姿を眺めた。

「お前、それ胸のとこ膨らんでるけど、詰め物してんの? おっぱいどうなってんの? 触ってみてもいい?」

 と言った瞬間手がのびてきて、鬼の形相をしたノアがレーヴェの耳をつかんで引っ張った。そのまま有無を言わさず部屋の外へと連れて行く。

「いででででで! 耳が千切れる! 冗談だって!」

 ノアが一瞬でも遅ければエヴァンの方が叩き出していたところである。レーヴェの抗議は聞き入れられず、ノアはレーヴェを追い出すとフィアリスのところまで戻ってきた。そしてフィアリスの顔をじっくり眺める。

「いけるかな、ノア」
「無理でしょう。あなたは目立ちすぎます。かといってヴェールをつけるわけにもいきませんし……。目くらましの術をかけてしのぎましょうか」

 それは高度で複雑な術のため、ノアくらいしか扱えない。初対面の人間にのみ有効な術で、印象をうんと薄くする効果があった。術をかけるのはノアだが、維持をするのはフィアリスである。
 あまり長時間はもたないし、確実な術でもないが、かけないよりはましだろう。
 そういうわけで、出発する準備が始まった。
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