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30、悩みと覚悟

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 * * *

 夜闇の中で、赤い瞳がぎらりと光る。

 魔物の瞳は残忍で、生物の命を奪う衝動しか持ち合わせていない。闇を固めたような体は歪であり、手なのか足なのかわからないものが胴体からいくつも生えている。目をこらせば、ほとんど暗闇と同化する体は黒く浮かび上がって見えた。
 フィアリスは天駆ける馬に乗りながら、魔石のはまった杖を掲げる。魔石が目映い光を放つ。

『消滅せよ!』

 ふるい言葉の呪文によって、攻撃魔法が発動する。うねる稲妻のような光が、魔物の体を貫いた。
 魔物は地上の生物のようにしっかりとした形を保っているものの方が手強いとされている。近頃はこのように曖昧な形の魔物が多く、手こずることも少なかった。

 大方片づけた後、フィアリスは照明代わりの光の玉を浮かべて周囲を確認する。音を立てて溶けていく体や、粉になって崩れていく体もあった。
 魔物の躯を眺めながら、物思いに耽る。

 ――端的に言えば、私は怖いんだろうな。

 頭に浮かんでいるのは弟子の顔だ。ただ一人の、おそらく自分にとって、最初で最後の弟子。弟のような恋人、エヴァン・リトスロード。

 フィアリスはリトスロード侯爵に拾われて、恩があった。侯爵その人ももちろんのこと、侯爵家の全ての人に良くしてもらって、今の自分がある。
 フィアリスにとってエヴァンはかけがえのない存在だった。彼の師であることが自分の誇りとなり、彼を生かすことが自分の生き甲斐となった。

 私はあの子のことが好きだ。間違いなく、エヴァンを愛している。
 共に人生を歩むのが望みだが、それでも時々考えてしまうのだ。もし、自分がいなかったらあの子はどのような日々を過ごしただろうか、と。
 私の存在が、彼の人生をあらゆる意味で変えてしまったのは間違いない。

 ――私はその責任を負うことを、恐れているのかもしれない。エヴァンが失うものの幻を、時々見てしまう。

 釣り合う身分の妻。彼の正統な血を引く子供達。順当に生活していれば手に入れられたはずのもの。
 仮にエヴァンが心の底からそれらのものを欲していなかったとしても、罪悪感は捨てきれない。

 他人にならいくらでも「気にすることはない」と励ますことができるのに、いざ自分の立場になるとおろおろして不安になってしまう。
 エヴァンには誰よりも幸せになってほしいから。できる限り、何も取り損なってほしくはない。

「お前、考え事してる時後ろがら空きになってるぞ」

 降ってきた声に顔を上げれば、レーヴェが馬に乗って空から下降してくるところだった。今晩は複数カ所で魔物が出没していたため、レーヴェと分担して駆除を行っていたのだ。

「魔物はもう全部倒したからいいんだよ」

 レーヴェは辺りの状況を確認してからため息をつく。

「お前の悩みは幸せすぎて怖いってところからくるものだからまだいいだろ。俺を見ろよ」

 小さな明かりに照らされたレーヴェの頬には、くっきりと手形がついている。館を出る前にノアに思いっきり引っ叩かれたあとである。

「尻を触ろうとしただけでこれだぜ」
「当然だと思うけど……。よかったじゃないか、ノアに触れてもらって。一瞬だったとしても」

 近づくなと言われているのに尻を触ろうとして、平手打ち一発で済まされたのだからありがたく思った方がいいだろう。

 気配を感じて目を転じると、魔物の頭部がガチガチと歯を鳴らしながら飛びかかってきた。それをレーヴェが面倒くさそうに剣で地面に突き刺す。
 リトスロード家の魔物駆除は少人数で行っているから、出現する魔物の数は少ないに越したことはない。けれど最近は手応えがなさすぎるのでレーヴェのような剣士は退屈だと感じているのかもしれなかった。

「いつも言ってるけど、悩み事がある時のお前はちょいちょい注意力散漫になってるぜ。気をつけろよ。お前に何かあるとエヴァンが何故か俺のせいにするからな……」

 全てしとめたつもりだったのに、また甘くなってしまった。フィアリスもつい長いため息をついてしまう。

「悩みたくないんだけどな……」
「そういう性格なんだから簡単に直らんのかもしれんな。もうこうなったら納得いくまで悩めばいいんじゃねーの? で、飽きたらもう勢いで突き進め。そのうち覚悟ができて開き直れるようになる」
「そうかなぁ」

 覚悟か、とフィアリスは夜天を見上げる。自分に足りないのはそれなのだ。
 エヴァンの真っ当な幸せを遠くから見守りたいと願ってしまう気弱な己を、未だに追い出せずにいる。
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