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20、作戦
しおりを挟むエヴァンのどこか浮かない表情を見て、ティリシアは「どうかなさいました?」と彼の顔をのぞきこんだ。
「フィアリスが私と距離を取りたがっているような気がして……」
ティリシアにしてみると意外だった。客の前というのもあってか遠慮しているらしいが多少の触れ合いはあるようだし、二人の視線を見ていると仲が良さそうに見えるのだが。――ひょっとすると、普段の親しさはこんなものではないのだろうか。想像すると赤面しそうになる。
「おそらくだが、フィアリスは私とあなたが結婚すればいいとすら思い始めているような……」
「まあ」
どうしてそうなるのか。私は二人の恋路を邪魔する意地悪令嬢になどなりたくない。
いや、なっていたのか、とティリシアは頭を抱えた。私が婚約してくれと迫ったのだから、二人の間をぎくしゃくさせている原因は私だ。
「私のせいで……」
「いいや、あなたが気に病むことじゃない。私達が結婚の話を実際に進める予定はないだろう? だからこの件は済んでしまえば元通りになる。私が危惧しているのは、この先も度々こんなこじれ方をするんじゃないかってことで……これは始まりに過ぎないのかもしれない」
両想いだというのを確認するまでにもそこそこ苦労をした、とエヴァンは打ち明けた。好意を先に自覚したのはエヴァンだったが、フィアリスも自分を好いているという確信はあった。
だがフィアリスは立場上、男の弟子、それも侯爵令息に身分違いの恋をしているなんて認めるわけにはいかなかったようだ。エヴァンには一時の気の迷いだろうから諦めてほしいと告げた。
エヴァンは、押して押して押し切ったそうだ。そうして、やっと素直な気持ちを打ち明けてもらい、恋人同士になったのだ。
「けれど、あの人は何かあるとまだ弱気になる。自分が悪いと思ってる」
フィアリス様が、エヴァン様を深く愛しているからだわ、とティリシアは思った。好きな人には決して負担をかけたくないものだ。自分のせいで、相手が何かを取り損ねたり失ってしまうのは、己がそうなるよりも悲しいから。
「ティリシア。私は、フィアリスから『君が好きだ』と言われた時、これで大団円だと思ったんだよ。私はフィアリスが好きで、フィアリスも私が好きで。めでたし、めでたし、というやつだ。物語でよくあるだろう」
ティリシアも読書が好きだったから知っている。いつまでも幸せに暮らしましたとさ、という結び。大団円を見届けて、いつも満たされた気持ちで本を閉じる。
「続きがあったんだよ。……あるのは知っていたんだが、漠然と、こう、高いところから俯瞰するような感じで想像していた。それはとてもなだらかな道に見えたんだが、近くで見ると思った以上に起伏がありそうで、困惑している」
「でもエヴァン様、二人で幸せな道を歩んでいく自信はおありなんですよね?」
「ああ、ある。私はどんな急峻な山でも越える。あの人のためなら」
聞かずともそういう決意がいつも漲っているのでティリシアにも伝わっていた。
「フィアリスのためなら、何だってやる。フィアリスを幸せにすると誓ったんだ。私の望みは、あの人の笑顔を守ることなんだよ」
独白に近い呟きだった。その想いの強さに、ティリシアまで切なくなるくらいだ。
どんな障害でも乗り越える覚悟でいるエヴァンだったが、目下の問題はフィアリスの揺れる気持ちなのだった。もしかすると今後もそれが一番手強い可能性がある。
「きっと、エヴァン様とフィアリス様のお話は一度おしまいになって、今は第二章が始まったところなのでしょうね。そしてまた、第二章が終わったら、第三章と続くのですわ。そういうのが積み重なって、本当のめでたし、めでたし、になるのです。お二人は幸せになりますよ。だって、とてもお似合いなのですから。まるで運命が引き合わせたかのような、約束された恋人達みたいですもの」
「そう見えるか」
エヴァンが明らかに嬉しそうな表情を見せている。ティリシアが力強く頷くと、エヴァンの唇は喜びが隠せないらしく笑みが滲んでいた。
ご機嫌とりでティリシアも言っているのではない。二人の親密さはもう誰が入る隙もなくて、二人で一つ。離れてしまったら互いが崩れてしまうのではと危ぶむほどに、強く結びつき合っている。
「それにしてもなぁ。本音を言うと、フィアリスは妬いてくれるんじゃないかと期待した……」
ぽつりとエヴァンが漏らす。
「では、妬いてもらうようにしてみましょうか? 私達が仲良くしているところを見てもらうとか」
「うん……。……いや、駄目だ」
エヴァンは腕を組んでその作戦を実行した後の成り行きを想像したらしいが、かぶりを振った。
「フィアリスはそのまま応援するな。気弱なあの人が、嫉妬なんて感情を自分に許すはずがない。もっと悪い展開になりそうだ」
だったらよすべきだろう。妬いてもらいたいなどという発想は、愛の証明を求める一方的な目的で自分勝手でもある。恋人を試すのはよく考えるでもなく悪いことだ。
「でも、あのままにしておくのもな……」
私の件が早く終われば済むことなのに。とティリシアは心苦しくなり、今すぐ侯爵邸を飛び出したくなったがそうすると彼らを余計に困らせるだけだ。私のせいで、とか、申し訳ありません、という詫びの言葉は散々言って向こうも聞き飽きているだろうし。
今ティリシアがするべきことは、自分を慰めるためにうじうじして見せることではない。
「エヴァン様がむきになって強く押すと、こじれますわ。フィアリス様も押してきてるのだから、押し合いになります。だったらこちらが引けばいいのです」
エヴァンは首をひねっている。
「よろしいですか、エヴァン様。フィアリス様は大人の方で、私達を子供だと思っています。子供らしく駄々をこねれば向こうの思うつぼ。この子達は仕方ないなぁ、よしよし、と保護者のように接してきます。こちらはフィアリス様以上に、余裕を持たなければならないのです」
ティリシアは、エヴァンにフィアリスへの対応の仕方を提案し始めた。
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