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06、聖女
しおりを挟むエヴァンは「はい」とは言わなかった。やっぱりエヴァンにとって興味の大半を占めるのはフィアリスだけなのだ。自分は魔物を倒す以外にやることは特にないのだから、ナントカ伯爵がどうだとかはどうでもいい気がした。
フィアリスはエヴァンに自分以外のものにも興味を広げてほしいと頑張り、しかしエヴァンは全くのってこないので落胆していた。
ご友人を作ったらどうですか、エヴァン様。と苦笑しながらおどけて言ったこともある。
「伯爵は、私との結婚をとても急いでいるようでした。おそらく、私の誕生日までにと考えているのでは」
ティリシアの話に、エヴァンは首を傾げる。頷いたのはフィアリスだ。
「あなたが聖女でいられるのが、十七歳までだからですね」
「仰る通りかと。そうでないと、そこまで急ぐ理由がわかりません」
「聖女って、何なんですか?」
さっきも部屋で耳にした気がするが。それについてはフィアリスが説明した。
「聖女と呼ばれる女性は、魔力持ちなんだよ。ただし、儀式用のような術しか使えない。特異体質とでも言うかな。聖女は公的な身分ではないけど、教会が認めて保護する場合がある」
聖女の特別な魔力は「祝福」と呼ばれている。その祝福は、満十八歳をもって失うとされていた。どの聖女も誕生日が同じなどの共通点があり、ティリシアも当てはまるので教会から聖女と認定されている。
「あなたは教会には秘密にするように頼んだ、というようなことを言っていたが……」
「聖女は国内にもう一人いたのですが、十年前にさらわれて行方不明になっているのです。聖女と認定された女子は、十歳を過ぎると教会の行事に呼ばれて魔力を見せる慣例があったのですが、それ以降中止になりました。父が教会に頼んで、私が聖女であることを公にしないでもらったのです」
聖女であることがさらわれたことと直接関係があるのかは不明だが、消えた女性は聖女として名が知られていたのである。
そういうわけで、ティリシアは自分が聖女としての力があることを秘密にして暮らしてきていた。
「オーダントン伯爵は、私が聖女であることを知っていました」
ティリシアが言い、エヴァンとフィアリスは視線を交わした。
どこから聞きつけたものか、伯爵はティリシアが聖女に認定されているはずだと指摘し、保護を申し出てきたのだ。
もう少しでティリシアは聖女の力を失う。その直前が一番危ないではないか、と。諸々の事情を考えても私の妻になった方がいい。そう伯爵は申し出た。
胡散臭いにもほどがある。
「証拠がないなら決めつけるわけにもいかないが、その男のそばが一番危なさそうだな」
ティリシアも身の危険を感じているらしかった。誕生日を迎える前が一番危ない、との言葉が耳について離れない。恐ろしいがどうしたらいいかわからなくなってきていた。
伯爵の申し出を突っぱねきるのが難しい。嫁ぎたくはないし、どう選択したところで周りの者が巻き込まれるのではという不安に押しつぶされそうになっていた。
何よりまずかったのが、伯爵はそこそこの地位のある人物だったということだ。本来ならティリシアごときに拒否権はない。
ティリシアは孤立無援だった。伯爵を黙らせるなら、彼より力を持った支援者が必要だと思ったのだ。
あなたより身分の高い方と約束があるから、結婚はできません。こう言えば、向こうも引き下がるしかないのではないか。
伯爵は諦めるしかないし、父も友人も安心してくれる。
これが、追いつめられたティリシアが出した結論だった。
そして、王城で見かけたのが泣く子も黙る侯爵家の令息、エヴァン・リトスロードなのである。
長らく悩んだ末に、フィアリスが口を開いた。
「まだ何とも言えないし、私ごときが決めるわけにはいかない。侯爵閣下や他の人にも相談しなければならないけど、婚約する方向にした方がいいかもしれないなぁ」
「フィアリス!」
エヴァンは声をあげて抗議をした。それをとどめるようにフィアリスがてのひらを向ける。
「まあ、これにはいろいろ理由があるから、後で話そう。それにね、ティリシア様は伯爵の使いにはっきり婚約すると言い切ったみたいだし」
「申し訳ありません……」
ティリシアが絶望的な顔で、口を手で押さえている。パニックになった末の発言だったらしいが、落ち着いてみるととんでもないことをしてしまったと自覚したのだろう。
「あなたを責めているんじゃないんだ、ティリシア」
エヴァンが声をかけるも、顔色の悪いティリシアの目線は下がったままだ。
だからね、とフィアリスはエヴァンに話を続ける。
「婚約する流れで、って言ってるだけだよ。本当に結婚するわけじゃない。ティリシア様も君との結婚を望んでいるのではないんだから。そうでしょう? ティリシア様」
「エヴァン様とのご結婚など、滅相もありません……」
これからどうするかという話になる。ティリシアの自宅に送っていくつもりだが、伯爵がどう出るかわからないのが不安だった。
しかもよく聞くと、彼女の自宅に使用人は一人もいないらしかった。
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