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01、誰なんだ?

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 エヴァンは、王城の廊下から外を眺めていた。広い建物の中では、様々な人が行き交っている。見下ろす中庭でも、数人の令嬢が立ち話をしていた。
 領地から出ることが少ない彼は、王城へ来るのも稀で、外部の人間とあまり接触がない。すれ違う貴族を見ていても、普段そういった人々と交流がないからか仲間意識のようなものは持てなかった。

 自分は貴族の家に生まれてきたが、あまり貴族らしくないと思っている。
 エヴァン・リトスロード。リトスロード侯爵家三男の彼は、先日成人した十八才の若者だった。
 リトスロード侯爵家と言えば、美形揃いで知られている。
 国内に湧き続ける魔物を倒すという仕事を一手に引き受ける一族で、その多忙さゆえに貴族らしい優雅な生活とは無縁だ。存在感や持つ力の強大さは有名だが、社交界に顔を出す機会が少ないので他の貴族との関わりが薄い。

 それでも貴族達はリトスロード家の男子を時折見かけることはあり、見た目の麗しさはよく婦女子の口の端にのぼる。
 長男次男は既婚者だが、三男のエヴァンはまだ独身。浮いた話も聞こえず、一部の貴族令嬢から熱視線を送られるのは無理からぬ話だった。

「ほら、あの方よ」
「侯爵家の……」

 こうして廊下に一人立ち止まっていると、ここで働く女官達や何かの用で訪れた令嬢達が、ひそひそ話をしながらそばを通り過ぎていく。
 エヴァンがちらりと視線を投げると、顔を赤くして逃げていくのだった。

(帰りたいな……)

 エヴァンはため息をつくのをこらえた。
 正直、女性が苦手なのだ。特に、自分に言い寄ってくる若い女性が。興味を持たれるのが嫌だった。
 基本的に侯爵家は周囲から恐れられていた。王家に重用されているから孤立することはないが、変わった一族であるゆえにとっつきにくいと貴族連中からは思われている。
 が、その権力や家柄に惹かれる者も多くいた。あの手この手でリトスロード侯爵家に取り入ろうとする。
 家と家との結びつきがあれば安泰だ。要するに、縁組み。となると、狙われるのはエヴァンである。

 そういう話は何度か聞いたし、無理に娘と会わせようとしてくる父親もいた。権力うんぬんを抜きにして、エヴァンの見た目に一目惚れして迫ろうとする令嬢も少なくない。
 エヴァンは敏感に嗅ぎつけて、すぐさまそういった手合いからは逃げてきたのだ。父親のリトスロード侯爵もエヴァンの相手については何も考えていないらしく、口を出されたことはない。

 エヴァンは極力同年代の女性とは距離を取ろうと心がけていたので、まともに話すことはおろか、手も握った経験がない。
 握りたいとも思わなかった。令嬢と結婚など、一生御免である。

(そろそろあの人も待合室に戻っている頃だ。今日はなるべく早く帰りませんか、って言ってみよう)

 王都の見物などしたいと思わないし、落ち着く我が家に戻りたい。
 栗色の髪の毛をかきあげて、エヴァンは姿勢を正した。どこに行っても女性と顔を合わせると、頬を染められたり黄色い声を浴びせられるのに疲れてしまった。
 そうしてエヴァンが廊下を歩き出した時だった。

「お帰り下さい! 先程から申しておりますが、私はそのお話をお受け出来ませんから」
「しかしあなたの伯父上様が……」

 穏やかならぬ、切迫した様子の女性の声が聞こえて、エヴァンは思わず足を止めて振り向いた。
 ドレスに身を包んだ女性と、お仕着せを着た細身の男が足早に並んで歩いてくる。
 女性はエヴァンとそう変わらない年の頃に見えた。立ち止まり、男を睨む。

「いくらついてこられても無駄ですわ」
「いいえ、貴女は絶対に断れないはずです」
「お断りします! そして、断る理由を今からお話いたします!」

 決然と言い放つと、女性はこちらにつかつかと進んでくる。
 横を通り過ぎるのだとばかり思っていたエヴァンは、突然女性に腕をつかまれてぎょっとした。

「私はこちらの、エヴァン・リトスロード様と婚約する予定でおります。リトスロード侯爵家をご存知ないということはないでしょうね。私は、この御方の婚約者になるのですよ! 文句があるのなら、侯爵家に仰って下さい!」

 この宣言を聞き、エヴァンとそこにいる男はほとんど同じくらいの衝撃を受けたらしく、口を開けた。

「リ、リ、リ、リトスロード侯爵家のご令息と、婚約……? そんなお話は初耳です」
「聞いておられなくて当然です! まだ公にはしておりませんから!」

 令嬢はまなじりをつりあげ、目元を赤くして男に言う。エヴァンの腕をつかむ手には、かなりの力が込められていて指が食い込んでいた。
 エヴァンは硬直している。この事態に、全く理解が追いつかない。傍観者の立場から巻き込まれるのが早すぎて、頭が真っ白になっていた。
 突如飛び出した「婚約」の言葉の意味も理解するのに時間がかかる。

 ――確か婚約とは、「結婚の約束をすること」だったはず。
 ――私は結婚の約束なんてしていない。そんな予定もない。というか。
 ――この人は誰なんだ?
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