花の貴人と宝石王子

muku

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第二部 旅

84、造花の話

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 通路の端、壁に無理矢理開けたような大穴の中にあるみすぼらしい店に、凶悪な面相の老婆が腰かけていた。ルカの話だとまじない女だそうで、ここで普段は占いなどの商いをしているという。この老女は睡眠時間が長く、一度寝ると滅多に起きないのだ。

 ぱさついた長い白髪に顔は皺だらけで、かなりの年齢であることがうかがえるが、たるんだ瞼の奥の目は生き生きとぎらついていた。
 ジェードの姿を見るなり老婆は威嚇するかのように歯をむいた。

「ふん! 十五番目の王子様のお出ましかい! あんたの寄越した小童はしつこくてかなわないよ! 本当だったらあたしはいつも、もう少し寝ているはずなんだ。老い先短い婆の眠りを妨げるなんて、慈悲というものはないのかい!」

 老婆は怒りにまかせて手元にある道具をがちゃつかせており、片づけているのか散らかしているのかわからない。

「情報を求めているだけだ。長居はしない。さっさと話せばこちらもすぐに引き上げる。その後で好きなだけ眠ればいい」

 ジェードが冷たく言い放つと、老婆は目をすがめた。

「おお、おお! ありがたいお言葉だねぇ。好きなだけ眠れとは、さっさとくたばっちまえって意味かい? 結構な嫌みだよ、翡翠の殿下!」

 老婆は枯れ枝のような指が並ぶ手を差し出した。ジェードが袋を渡すとふんだくり、中を確かめ始める。入っているのは硬貨であり、情報料なのだろう。

「何の話を聞きたいんだったかね?」
「花の子の造花についてだ。お前は造花を見たことがあり、造花の部品も所持しているそうだな」

 老婆は金を数え終わると小袋に戻して懐に入れ、リーリヤとジェードを順に眺めた。

「あたしもそれほど詳しいわけじゃないよ。大昔は王都にいるのも珍しくなかったが、今ではめっきり見かけなくなったみたいだからね。あたしが最後に造花を見たのも、遠い昔さ」

 造花というのは、花の子を模して作った人形だと老婆は説明した。高度な魔術といくらかの材料がいる。よって造花を作る職人は誰もが魔術師だったという。
 彼女も自分ではそうと名乗らないが魔術師の端くれみたいな存在で、だから魔術には造詣があるのだ。

「造花は人の子と見分けがつくものなのですか?」

 とリーリヤは尋ねた。花の子と人の子は見た目だけでいうとさして変わらず、だからリーリヤもこうして人の国を歩くことができるのだ。造花というからには花の子と似ているのだろうが、となると、人の子にも似ていることになる。

「いいや。詳しく調べなければわからないね」
「造花は人の子にも近しい容貌をしているが、しかし人のまがい物ではない、と」
「そうさね。単に美しいだけの人形であれば造花とは言わない。その人形は、どれも見本があったんだよ。創作じゃなかったんだ」

 型が必要だったのだそうだ。職人は「影」と呼んでいた。実在する花の子を見て自分の中に姿を焼き付け、魔術によって再現する。それが造花だ。

 時折、人の国に足を踏み入れる花の子がいた。どの種族の花の子も花の国の土地を愛していたから、出てみたいと考える者は珍しい。しかし、確かにいるにはいたのだ。族長達は自分の種族に国を出てはならないと言いつけていたが、人一倍好奇心が強い一部の花の子の行動は止められなかった。

 造花の職人は接触した花の子を見本として、何体もの造花を作っていたようだった。
 老婆が見た造花は黄色の髪をしていたというが、どの花までかはわからなかったらしい。美しい顔を持つその造花は、好事家に引き取られていったそうだ。
 造花はそこらで気軽に取り引きをされていた商品ではない。高価なもので、あくまでも内々に売り買いされていた。

「初めはそうでもなかったみたいだがね、困窮した魔術師が金儲けのためにやっていたようだよ。血族に限定された魔術でのみ成せる技だった。どこの国にも属していない、森に住む一族だ」

 老婆は煙管で煙草を吸い始めた。煙は何とも妖しい、甘ったるい匂いがする。
 造花職人の魔術師達はもうほとんどいない、と彼女は言った。

「数少ない生き残りも、不正な商売をしてるってんで、ユウェル国にしょっぴかれていったって話だからね。解放された奴はいないらしいから、みんな処分されたんじゃないのかねぇ。だから、新しい造花を注文するのは不可能だ」

 造花は作り物ゆえに長い間存在できる。数は把握されていないが、まだどこかにいるだろうと老婆は言った。

「あたしはこの国に腰を落ち着けてから結構経つし、自分の目で確認したわけじゃないが、職人の森にはまだ一体の造花が残っていると結構前に聞いたよ」

 あくまでも噂だが、と付け加える。
 職人は一人もいないが、職人の子孫――血が薄くなったために秘伝の魔術が使えない者がいて、その人間がまだ森に造花と住んでいるとのことだ。何の種類の花が元になっている造花なのか、いつ頃作られたものなのかは不明である。

 行ってみる価値はあるかもしれない、とリーリヤは思った。子孫に伝わっている話から、どの花の造花が作られたかという情報が得られれば、手がかりになる。
 どこかしらにいるであろう造花については、王都よりは地方の貴族の元にある可能性が高い。場所が特定されている森よりは漠然とした話ばかりで、調べてみるのは時間の問題もあり骨が折れそうだった。

「それで、お前が持っている部品というのは?」

 ジェードが無表情で尋ねた。
 老婆は壊れた造花を分解する場面に立ち会う機会があり、結局その造花は廃棄が決まったのだが、部品の一つを手に入れたのだそうだった。

「瞳に使われていた石だ。造花は花の子のように魔力を操ることが可能でね。ものによっては貴人が使うのに近い術が使えた。命がないから、魔力を取り込んで活動しているんだ」

 初めに魔力をこめた石を体の中に入れ、加えて記録機能を持たせた石も目にはめる。
 老婆が台の上に乗せてこちらへ滑らせてきたのは、ごく小さな青い石だった。確かに瞳くらいの大きさで、細かい傷が入っている。中にはまだ断片的な記録が保存されてるのだという。

「触ってみてもいいでしょうか」
「構わないけど、大した内容はないよ」

 リーリヤは指先で青い石に触れた。
 その瞬間、いくつもの光景が、嵐の中を舞う木の葉のように頭の中にちらついては消えた。誰かのてのひらだとか青空の切れ端だとか、しかと判別できるものは少なく、それは本当に砕けた記録の欠片でしかなかった。

 造花の姿も、造花を取り巻く誰かや、いたと思われる場所をここから知るのは難しそうである。
 ふう、とリーリヤは小さく息を吐いた。
 造花は魔力を持ち、魔術が使える。細かい仕組みがまだ不明だが、それが本当だとすると貴人のふりをするのも不可能ではない。

 それで? とジェードに尋ねられた老婆は怪訝そうに眉を上げる。

「知ってることはそのくらいさ」

 その後のジェードの沈黙にこめられていた失望に、老婆は過剰に反応した。

「何だい! あたしは造花の情報を集めてくれって頼まれたわけじゃないんだよ! たまたまあたしが知ってることをあんた達が聞きに来たんだろう! 冷血王子め、老いぼれを叩き起こしてそんな顔をするなんて、あんまり失敬じゃないか!」

 まあまあ、とリーリヤは老婆をなだめる。確かに勝手にがっかりされるのも心外だろう。リーリヤとしてはそれなりに収穫があったのでありがたかったし、十分だ。
 老婆の怒りはなかなか収まりそうにない。

「国王は最悪だったが、世継ぎもろくなのがいないよ。見てくれがいいだけの、腰抜け王子共め! あんたらいつまで兄弟で馬鹿みたいに噛みつき合ってるつもりだい?」

 なかなかに不敬な発言だが、ジェードは無反応である。彼はやんごとなき身分に生まれたものの悪罵を聞き慣れており、全く平静でいられるようだ。

「この国は宝玉の力に守られている。宝玉王が不在ということは、心の臓をなくしたも同じだよ。国は端から腐って崩れ、民の心は乱れ、争いが起きるんだ。止められるのはあんた達しかいないってのに、引きこもってつつき合ってるんじゃ目も当てられないじゃないか!」
「この方のせいではありませんよ」

 リーリヤに言わせれば元凶は宝玉王である。親の不始末の責任を取らされる息子達は被害者だ。だがもっと可哀想なのはあたし達じゃないか、と老婆は言い返す。

「非常時に嫁探しへ行くために国から出る王子なんて責められて当然だね」
「どうしてそこまでご存じなんです?」

 ルカは事細かに説明などしていないだろう。ルカとてジェードがリーリヤをさがすために国を飛び出したという事情までは知らないはずだ。

「あたしの商売は占いだって聞かなかったのかね。大体のことはわかるよ」

 そういうものなのか、とリーリヤは感心した。伊達に百年占ってない、とふんぞり返る老女だが、一体彼女はいくつなのだろう。

「殿下、お困りのことがあるなら占ってあげましょうかね。よく当たるよ」

 だったらジェードがこの先どういう運命をたどるのかを占ってもらうといいのでは、とリーリヤは思ったが口には出さず、ジェードが返事をするのを待った。ジェードは相変わらず、少しも顔色を変えずに言った。

「結構だ。道は己で選ぶ。そしてその結果の責任も私が全て負う」

 老婆はジェードの翡翠の目を凝視しながらにやりと笑い、口の隙間からは紫煙がのぼった。値踏みするような視線だが、どこか面白がっているようだった。

「私も占ってもらえるのでしょうか?」

 悪戯っぽくリーリヤが笑うと、老婆にじろりと睨まれる。

「馬鹿をお言いでないよ、じいさん! 花は占うものであって、占われるものじゃないとあんたもよく知ってるだろう。人の子が花の子のことなんて占えるもんか。……何をにやにやしてるんだい」
「じいさんに見えますか」
「貴人だろう。あんた白百合公だね。貴人は何千年も生きてるんだ。あんたと比べたらあたしなんて小娘みたいなもんだよ」

 ジェードもこの老婆より年嵩である。こんな小娘を頼ってくるなんて情けない、と老婆は悪態をつき続けた。立っていればいるだけ悪口を浴びせられそうである。
 用事は済んだのでそろそろ引き上げようとした二人に、老婆が声をかけてきた。

「未来を占うのはよそう。だからあんたの答え合わせだけ聞かせてやるよ、殿下。あんたの今までの『選択』は概ね正解だ」

 歩き出そうとして一瞬足を止めたジェードは老婆の声を耳に入れたのだろうがそれに言葉は返さず、再び歩き出した。

「私は?」

 リーリヤは老婆の方へ身を乗り出した。

「助けたんなら最後まで責任持ってあの男の面倒見るんだね。その気にさせたのはあんただよ」

 軽い気持ちで尋ねてみたのだが、重い助言をもらってしまった。確かにそうだ。リーリヤはジェードを助け、ジェードはリーリヤに惚れた。手を差しのべたのだから、こちらから離すわけにはいかないだろう。
 離れたところで待っているジェードの方へとリーリヤは駆け寄った。

「何か言われたのか」
「あなたとずっと仲良くするようにと」

 するとジェードは後ろへちらりと目をやって呟いた。

「悪い女ではなさそうだな」

 彼は真顔でよくふざけるので、これが本気で言っているのか冗談なのかリーリヤには判断がつかなかった。
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