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第一部 再会
40、仲直り
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宮殿内を歩いていると、赤い髪の男が歩いているのを見つけて、リーリヤはジェードにここで少し待つように言った。足を早めてその青年に近づく。
「ローザ。桜公が咲き直しましたよ」
ローザが立ち止まり、眉間にしわを刻みながらリーリヤの方を向いた。
「……サクヤが?」
「そうです。お元気でしたよ。顔を合わせたら、ちゃんと謝りなさい」
ローザは目線を落とした。
あの日、酔っぱらったローザは激高してサクヤを突き刺した。我に返った時にはサクヤは蕾となって目の前に転がっていたのだ。
意地っ張りのローザだから、「僕は悪くない」とつむじを曲げていたのだが、しばらくは悄然としていた。何も刺すことはなかったと、悔いているらしかった。
もうすぐあいつは咲くんだろ、と時々リーリヤに尋ねてきたのも、気にしていたからだろう。
などと話をしていると、その桜公サクヤが前から歩いてきた。
ローザとリーリヤの前まで来たサクヤは、足を止める。ローザは眉間に皺を寄せたまま、サクヤではなく床を見つめていた。
「久しいな、赤薔薇公ローザ」
声をかけられたローザの口元に、ぎゅっと力が入る。
「ほら、ローザ……」
とリーリヤが促すものの、ローザはなかなか喋り出そうとしなかった。更なる助け船を出すべきか迷っていたところ、声を発したのはサクヤの方だった。
「おや?」
ぱちんと音を立てて扇を閉じると、サクヤは突然その扇でローザの顎を無理に上げさせる。そして顔をまじまじとのぞき込んだ。
「お前、ついにヤッたな?」
愕然としたローザが言葉を失って目を見開く。隣にいたリーリヤもまばたきを繰り返した。
「そうかよ。うぶな赤薔薇様は、ようやく男の味を知ったってわけだな。一人前になったか。これは目出度い!」
衝撃の指摘に、みるみるうちにローザの顔が赤くなる。赤面の理由は、恥ずかしさだけではないだろう。
「な……、な……」
わななく唇からはまともな言葉が出てこない。何故露見したのかわからず混乱しているらしかった。
目覚めたばかりのサクヤがそうした噂話を耳にする暇はまだなかったはずだ。だから見ただけでローザの変化に気づいたのだろう。彼は昔から観察力に優れていた。が、大したものである。
「ちったァ、落ち着きが出たのかね? それでどうだった? ローザよ。よかったか?」
「貴様……っ!」
さすがに堪忍袋の緒が切れかかったらしいローザは、腰に帯びた剣に手を伸ばした。
「おやめなさい!」
リーリヤがとっさにそれを押さえつける。今日咲いたばかりのサクヤをまた散らせるわけにはいかなかった。
「同じことを繰り返すつもりですか、ローザ!」
「だって……! だって、こいつが!」
リーリヤはサクヤの方にも目を向ける。
「桜公、言い過ぎです」
たしなめるが、サクヤは全く悪びれる様子もない。笑みに歪む口元を開いた扇子で隠していた。彼はとにかく、癇癪持ちのローザを怒らせるのが楽しくて仕方がないのである。
「誰でもやってるんだから、別に悪いことじゃない。何を怒ってやがンだよ。ローザもやっと、あいつに本懐を遂げさせてやったんだな」
ローザがびくりと手を震わせる。この言い方だと、ローザの相手にも察しがついているらしかった。
「サクヤ、いい加減にしなさい」
「わかったわかった」
ローザが悔しそうに歯噛みして、剣の柄を握る手にまた力を込める。
「斬ってやる!」
「おう、いいとも。斬るがいい」
笑いながら両手を広げるサクヤに、「もう行ってください」とリーリヤは困り顔で声をかけた。これではローザが謝るどころではない。
憤怒の形相のローザを眺めて、サクヤは高笑いしながら去って行った。そんな後ろ姿を睨みつけながら、ローザは足を踏ん張ってまだ剣に手をかけている。それをリーリヤが全力でつかんでいた。
「離せよ! あいつをやっつけなくちゃ、気が済まない!」
「いけないと言うのに。そんなに怒りが収まらないのなら、私を斬りなさい」
するとローザは渋面して、後方で待っているジェードをちらりと見る。ジェードは無言でこちらを見守っていた。
「そんなことしようとしたら、お前の殿下に僕が斬られるじゃないか!」
「…………」
自分の想像にぞっとしたらしく、ローザは急に冷静になった。滅多なことでは怯まないし、剣で倒されるのも平気なローザだったが、ジェードに対しては何か思うところがあったらしい。腕の立つ者から見ると、それほど彼は怒らせると恐ろしい相手に感じるのだろうか。
武器からは手を離したものの、ローザは両手を固く握って、顔にはまだ怒りを滲ませている。
「僕、あいつに謝らないからな!」
さすがに気の毒で、もうリーリヤもローザに謝罪を促せなかった。恥をかかされたローザは、床を蹴るようにして歩き去って行く。
せっかく仲直りできる好機だったというのに。ローザが素直に反省して、謝罪の言葉を口にできれば、彼の成長にも繋がったはずだ。
ジェードがリーリヤの隣に並んで、遠ざかっていくローザを眺めていた。
「桜公は、赤薔薇公に謝らせたくなかったのだろう」
「やはり、そう見えましたか……」
サクヤは、ローザと握手をして成熟した関係を築くのを拒んでいるようだった。あくまでもからかい甲斐のある喧嘩相手としておきたいらしい。
人の子の子供同士のようなやりとりをサクヤは楽しんでいて、それを変化させたくないのだとしたら、困ったものだと思う。
翌日、玉座の間の石版に、桜公サクヤの名前が刻まれているとの報告をリーリヤは受けた。
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