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42、共に落ちていく

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 * * *

 フィアリスが部屋に入ると、ジュードは寝台に横たわっていた。半眼を開き、天井を見つめている。
 数日経っても体調はさほど変わらないようだった。

(余程、悪いんだろうな)

 とうに限界を迎えていたのに平然とした態度で動き回っていた彼だ。体を起こせないというのは、いよいよ気力も尽きたという証拠だろう。
 長いことそばで仕えていたから、日々消耗していくさまはその目に宿る光の具合でフィアリスもわかっていた。

 どうにかしようと、手は尽くしてきたのだ。
 解呪の方法や回復の呪文、古今東西調べてはみた。道具も試した。けれど、望むほどの効果は得られない。

(私では力不足だった……)

 何より本人が助かろうとする気がない。

「ジュード様。言ったでしょう。じきに立てなくなると。困ったお方だ」

 眉尻を下げて笑いながら、フィアリスは寝台に近づいた。気安い調子で、寝台に腰かける。

「……フィアリス」

 初めて会った時より、老いたという感じはしないが皺は増えたように思う。憂悶によって刻まれた皺。愛する人を失った苦痛もあれば、フィアリスと関係を続けている苦痛もあるだろう。

(いっそ、私のことを真に愛人として愛してくれていたらまだ良かったんだろうけど、ジュード様は真面目な御方だ。愛は一つ。エリイシア様に捧げて、エリイシア様は天上へ持っていってしまった)

 そんなに愛されたエリイシアへの羨望は捨てきれなかった。
 愛し愛されるというのは、どのような感覚なのだろう? それはきっととても美しくて甘くて幸せなのだろうが、同時にこうして、途方もない悲しみももたらすのだ。

「ジュード様は私の言うことを、ちっとも聞いてくださらなかった。頑固だから」
「頑固な面ではお前もさほど変わらないだろう」

 指摘され、ふふ、とフィアリスは笑った。そうかもしれない。

(ジュード様。出来るなら私はあなたを救いたかった。私を救ってくださったあなたを)

 ジュードはずっと落ちていく。フィアリスはそれを止められずに、共に落ちていくことしかできなかった。
 二人とも愚かと言えば、愚かだったのかもしれない。似たもの同士だ。我が儘で、意地っ張りなところが特に。

 フィアリスは、ジュードの手を握った。皮が厚くなり、てのひらは荒れている。貴人とは思えない、働き者の手である。
 彼はこの手で多くのものを断罪し、救ってきた。そしてまた多くのものを取りこぼし、それは当然のことなのに自分を許せないでいるのだろう。

「ジュード様、一つお願いがあります。私からの最後の願いです。これを聞いてくださらなければ、さすがに恨みますよ」

 冗談めかしてフィアリスは言った。

 フィアリスが身を削るさまを見ると、ジュードはどこか苦しそうな目をする。それでもフィアリスの好きなようにさせてくれている。
 苦痛の中に安らぎを得て、自分を痛めつけることで許しを乞うてしまう心を、わかっているからかもしれない。

「私はもう、あなたを救えない。目を覚まして下さい。私がいなくなっても、どうか生きて。つらくても、生きて下さい」

 一度だけ、フィアリスを組み敷きながらジュードは「私を恨んでいるだろう」と呟いた。
 理由を聞けば、「妻のためにお前を助けたからだ」という。つまり、フィアリスの力目当てに手をさしのべたことが、いたくフィアリスを傷つけていると考えていたのだそうだ。

 そんなことは露ほど思っていなかったフィアリスは、心の底から驚いた。
 感謝以外の気持ちなどあるはずがない。役に立つかもわからないのに、家に置いてくれたのだ。噂は真実でなかったことに立腹して、追い出したっていいはずなのに。

 ただの石ころを拾って、彼は投げ捨てずに大事に磨いてくれた。優しくて真面目で、寛大な人。

「フィアリス、お前はずっと勘違いをしているな。お前は私を高潔な人間だと思いこんでいる。とんでもない話だ。私はいくつも汚いものを腹に抱えて生きてきた」

 ジュードは天井を見つめたまま言った。
 そんなことはわかっている。人間は大体、皆、そんなものだ。生まれながらの聖者でもない限り、過ちは起こすし、暗い感情も持っている。

「そのお言葉はそっくりお返ししますよ」

 それにしても、この人は笑顔を見せたことなんてあるのだろうか。エヴァンですら見たことがないと言っていたが、妻はジュードを笑わせたことがあったのだろうか。
 ジュードの笑顔を見たことがあるのなら、エリイシアが羨ましいとフィアリスは思った。
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