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40、秘密の関係

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 * * *

 村の奥から救われた少年フィアリスは、リトスロード侯爵が約束した通り、教育を受ける手筈となった。
 王都で学び、リトスロードの別邸に戻って、ジュードから直々に魔法を教わった。

 リトスロードの役目は、魔物を倒すことなのだという。ジュードは日々無尽蔵に湧いてくる魔物を倒しているのだそうだ。
 戦闘に使える魔法を覚え、駆除に随行したこともある。
 そこでフィアリスは、ある不安を覚えた。

(なんだかジュード様は、とてもご体調が悪そうだ……)

 とにかく顔色が悪い。足取りも呼吸の仕方も普通に見えたが、フィアリスには不調を隠しているように感じられていた。
 それとなく別邸の使用人に意見を求めたが、皆意見は同じだった。心配はしているのだが、主は休もうとしない。それどころか日増しに体に鞭打って働いているのだという。

「エリイシア様を亡くされたのだから、無理はない。旦那様は心からあの方を愛しておられたから」

 使用人はため息をついてかぶりを振る。その言葉を聞くとフィアリスは胸が引き裂かれそうなくらい苦しくなるのだった。

(私が、救えていたら……)

 救われたのに救えなかった。自分が恩知らずな人間のように思えて仕方がなかった。
 ジュードがあのように厳しくなったのは、弟のロディオンが亡くなってからなのだという。

 ロディオン・リトスロードは鉱山から魔石を運ぶ途中、爆発事故に巻き込まれて死んだらしく、その場には兄のジュードもいたのだそうだ。事故とはいうが、ウェイブルフェン公爵家が絡んでいるのではないかとリトスロードの者は悔しがった。証拠がないのでどうにもならない。

 ジュードの力は強大だった。魔法を学び始めたばかりのフィアリスですらわかる。いや、魔法に親しみがない者だって理解するだろう。
 光の柱が立ち、魔物を退ける。彼が生み出す炎のうねりが敵を焼き尽くし、岩は砕け、巻き起こした風で邪なるものは吹き飛ばされた。

 異常だよ、と誰かが言った。侯爵の力はあまりに強い。
 怒りか悲しみが、彼の力を引き出すのだろうか。

 何の喜びもなく、ジュードはただ生きて、己の役目を果たし続ける。その姿は痛ましくもあり、生き急いでいるように、フィアリスの目には映った。
 そしてフィアリスは、彼の「秘密」に気づいてしまったのだ。


「ジュード様。今日もお仕事ですか」
「ああ」

 真夜中だった。フィアリスはジュードの部屋に押しかけていた。
 別邸に寄ったジュードは、すぐにまた出かけるという。近頃別邸によくいるのは、この付近に集中して魔物が現れるからだった。

 ――とんでもない。この方に仕えている者ならみんなわかってる。本当は、歩くことすらままならないはずなんだ。このままでは、ジュード様は……。

「死んでしまわれますよ」

 静かに、しかしきっぱりとフィアリスは言った。
 ジュードはフィアリスに無表情で一瞥を投げ、こう返した。

「構わん」

 これではっきりした。
 この方は自棄になっているのだ。
 無茶苦茶に体を酷使して、倒れてしまえばいいと思っている。このままだと死んでしまうことを自分でもわかっているのだ。

「いけません。領民は皆、あなたを必要としているのです」
「息子達が跡継ぎとなる。あれらで十分仕事は務まるはずだ。私がいなくとも問題はない」

 いっそ死んでしまいたい。ジュードはそう思っているのだ。
 妻の元へ行きたいのかもしれない。
 けれど、フィアリスは承知することができなかった。この方はまだまだ、いなくなってはならない人間なのだ。

「生きていただかねば困ります」
「……どの道、この体はもう持たん。休みをとろうが関係ない。死ぬ運命だ」

 フィアリスは、ジュードの隠し事を知ってしまっていた。強い魔力を持ち、才能を開花させつつあるフィアリスだから気づいたことかもしれない。だから彼の言う言葉の意味もわかっていた。
 この日のジュードは限界だったのだろう。いつもなら決して口走らない後悔を吐露した。

「私のせいで、エリイシアに苦労をかけた。あれは私と結ばれなければこんなに早くは死ななかっただろう。私が死なせた」
「いいえ、ジュード様。それは私の罪です。私がエリイシア様をお助けできなかったのです。あなたに無駄な希望を抱かせ、時間を消費させてしまった」

 癒しの力を持つと噂されるフィアリスさえいなければ、もっと二人は一緒にいられたのではないだろうか?
 最後の時を過ごせなかったのは自分のせいだ。
 そんな考えが、リトスロードの館に来た時から、フィアリスを蝕んでいた。

「罰してくださいませんか、ジュード様」

 フィアリスは一歩、ジュードの方へと踏み出した。

「私を抱いていただきたいのです」
「……何を」

 不意打ちの発言に驚いたのか、仮面がはがれてジュードはやや苦しそうな顔をした。意識が混濁しているのだろう、その目つきはどこかを見ているようで見ていない。
 もう一押しすればいける、とフィアリスは確信した。

「正気かフィアリス」
「以前から申し上げたいことがあったのです。私には確かに、癒しの力がある。病気を治すようなものではありませんが。ジュード様になら効果があります。そのためには、私と繋がっていただかなければならない」

 近づいていって、フィアリスはジュードに耳打ちをして、自分が知っていること、自分の力の詳細を話した。

「私はあなたに何もお返しできていない。後生ですから、抱いて下さい。死ぬだなんて、言わないで……。あなたが死ぬなら私も死にます。私を救うために、どうか」

 そしてフィアリスはジュードにすがりついた。
 その時に見た、かつてないほど苦しみに歪むジュードの顔は、フィアリスの目の奥にいつまでも焼きついていた。

 ジュードに抱かれなければ自害するつもりでいたが、目的は達せられた。ジュードはフィアリスを寝室に連れて行き、交わったのだった。
 きっとそうしてくれるだろうと思っていた。この方は優しいから。
 ジュードは悔やんでいることが多い。彼も己を軽蔑していて、泥沼に沈みたがっていた。
 フィアリスはその気持ちを利用したのだった。

 救った子供を犯すなんて、大罪だと彼は感じている。しかし抱く理由はあったし、罪を重ねて、自分を罰したがっていた。
 フィアリスも同様だ。交わることによって彼を救えるし、自分も罰せられた気になる。
 ここまで身を捧げたフィアリスを裏切って、死に急ぎはしないだろうと企んだ。

 無理にそう仕向けた、汚い自分。これは恩返しであり、裏切りだ。
 救うために傷つける。

(私に出来ることは、これくらいしか、ない……)

 何度も体を重ねながら、その度にフィアリスは心の中で、「ごめんなさい」とジュードに謝り続けるのだった。
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