36 / 66
36、奪われる日々
しおりを挟む「なるほど、成功だ」
満足げに魔術師の男が頷いて、村長に報告する。
「問題ない。あれはホンモノだ。あいつの力を毎日一度注げば、陣は崩れない。魔物が出てくることもないだろう」
「本当か! 僥倖だ、助かった!」
「後はあいつが逃げ出さないよう、気をつけるんだな」
魔術師にそう言われた後、洞の中にいる少年を見やる村長の目つきは、恐ろしいほどに酷薄だった。
とんでもないことに巻き込まれているらしいと気づいた少年は、慌てて外に走り出ようとする。が、入り口まで来たところで、見えない壁にぶつかって内部へ弾き飛ばされてしまった。
「これは……?」
魔術師がゆったりとした足取りで歩いてきて、転んだ少年を見下ろしている。
「可哀想な坊や、気の毒だがここの生活に慣れるまでは閉じこめさせてもらおう。ずっと歩かないわけにもいかないからそのうち出してやろうとは思うが、お前が納得しておとなしくなったらだな。その防壁はお前以外は通れるが、お前は決して通れない。諦めろ、これも運命だ。命の保証はあるから、そう気を落とすなよ」
こうして、少年は縁もゆかりもない村の奥に閉じこめられることになってしまったのだった。
「……ごめんなさい……」
一人洞の中に残されて立ち尽くす少年は、そう呟いた。震える手を握りしめ、頬を涙で濡らしながら嗚咽した。
「ごめんなさい、お願いだから、どうかもう許して……!」
誰に謝罪したところで解放されないのはわかり切っていた。それでもきっと、自分が何かしら悪いのだろうとしか思えず、うずくまったまま少年は謝り、泣き続けた。
水も食事も届けられる。雨もしのげて、さほど寒くはない。だが自由は一切なかった。
膝を抱えて、穴から周囲の空を見上げたり、洞の中で横たわっているしかない。日中、村人は誰も寄りつかなくて、少年はひとりぼっちで過ごしていた。
だがその一人の時間の方がまだよかった。
夜になると、村の男がこっそりとやってくるのだ。少年の身体を求めて。
「確かにこいつはとんでもなく別嬪だな。女みてぇだ」
「なに、女じゃなくたって構いやしねぇ」
泣いて騒ぐと、口を塞がれる。逃げたくても、入り口は魔法で閉じられているから出ることもできない。毎日魔法陣に力を注いでいるから、暴走させるだけの力もなかった。
「そう喚くな! お前なんて、結局ここにいなくたって、どこかでこうして男と共寝をする運命なんだ。身寄りのない奴なんて、大体そうやって生きていくしかねぇんだからな!」
それは少年も知っていた。自分と同じ歳くらいの少女や、もっと幼い少女も身体を売って生きている。弱い者の宿命だ。
いつしか少年は、石(フィアリス)と呼ばれるようになった。魔石の代わりにとどめ置かれた少年、フィアリス。
代わる代わるフィアリスに乱暴をする男達は、様々な言葉をフィアリスにかけていった。
「なあ、お前はこうして奉仕するくらいしか役に立たないじゃねぇか。お前は腕も細くて力が弱い。他に仕事なんてできやしねぇ。役立たずなんだよ、なあ、この役立たず。お前にできることはこうして慰み者になるくらいだ」
何度も罵られ、役立たずであることをすりこまれた。
そうかもしれないな、とフィアリスは思った。そのうち涙も出なくなる。
自分もいつかどこかでものを教わって、誰かの役に立てるようになれればいいが、お金もないしそんな夢が叶うはずもない。
いっそ身体か心が壊れてしまえば楽にもなるかもしれないものの、自分でも驚くほどに頑丈で、正気はいつまでも保たれていたし、病気もしない。
「飯を食え、痩せ細っちゃ触り心地が悪いからな」
と男達には無理矢理たくさん食べさせられた。最初の頃は喉を通らなかったが、生活に慣れてくれば食事も普通にとれるようになった。
逞しいのだか浅ましいのだかわからない、とフィアリスは自分に呆れた。昔からそうだった。丈夫なのが唯一の取り柄だ。
「フィアリス、お前は実に美しいなぁ。お前の身体が好きだ。ここにいてくれて嬉しいよ」
そうやって喜んでくれる男もいた。少なくとも身体を許すことで、厄介者扱いはされなくなるのだ。乱暴されても回復は不思議なくらい早くて重宝された。
いつしかフィアリスは犯されても抵抗しなくなり、もっと喜んでもらうようによがるようになった。自分から求めたり、拙いながらも頑張って奉仕をした。想像通り、男達の反応は良くなった。
「いいぞ、いいぞ。なんて奴だ、淫乱め」
フィアリス自身、気持ち良さを感じるようになってきた。愉悦を覚えて、身を委ねるようになった。
――どれだけ求められたって応えられる。感じてしまう。私は酷くいやらしい、汚らわしい生き物だ。
逃げようという気もなくなった。逃げたところで行く先は似たようなところだ。こうやって、生きていく他はない。
魔術師が来て、魔法の壁も取り払われた。逃亡の意思がなくなったのを確認し、時々は散歩するのも許される。
その魔術師とも、当然交わった。
「すっかり上手くなったな、逞しい奴だ」
行為が終わって誉められると、フィアリスは苦笑いをするしかなかった。
「これくらいのことでしか、私は誰かのお役に立てないので……」
フィアリスにしては珍しくねだって、魔術師には読み書きを教わった。飲み込みが早いので、すぐに書物も読めるようになった。といっても、手元にある本は三冊しかなかったが。
魔術師の手引きなのか、明らかに村の人間ではない高貴そうな身分の者も連れてこられて相手をさせられたこともある。
フィアリスにとって誰かと性交をするのは、「しなくてはならない仕事」のようなものだった。相手が上手ければそれなりに気持ち良さも感じるし、最初と比べれば暴力的な行為も減ってきた。好きとか嫌いといった感覚はない。一般的とは言えないが、男娼みたいなものなのだ。
使えるものは使う、それが生きるというものだ、と村の者には教えられた。
ただ時折、自分の存在が、やっていることが、汚らわしくて仕方なく思えて、苦しくなることもあった。
――これは、罰だ。罰だ、罰なんだ。役立たずの、汚い私への罰。だからもっと、受け入れて自分を罰しないと……。
男達の罵倒が、フィアリスの潜在意識の中にすりこまれていたことに、本人も気づいていなかった。
そして、あの村には「癒す力」を持った人間がいるらしい、と噂が立った。フィアリスの元には純粋に快楽を求めている以外の目的でやってくる者が出始めた。主に、魔術師の職に就く者が。
己の将来のことなんて空想すらしてみることすらフィアリスはしなかった。過ぎていく一日一日をこなして、数えもせず、一年が過ぎた。
寝て、食べて、奪われる。その繰り返しだ。
そんなフィアリスの生活は、何の前触れもなくある日突然、終わりを迎えた。
18
お気に入りに追加
265
あなたにおすすめの小説
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。


義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる