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34、朝の光

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 * * *

 途中からの記憶は曖昧で、自分がいつ眠ったのかはっきりしなかった。一つ言えるのは、薬がそこそこ効き目があったということだ。ひょっとすると睡眠薬も混じっていたのかもしれない。
 窓の外からは、朝の光が射しこんでいる。

 やっと呪術の効果は消えたらしく、いつの間にか身体も元に戻っている。疲労感は尋常ではなかったが。
 かけものがかかっていたところからして、エヴァンがあの後、様子を見に部屋へ入って来たのだろう。しかし、室内に姿はない。

 着替えてから、ドアを開けて廊下をのぞいてみると、エヴァンはドアのすぐそばに座って片膝をつき、うたた寝をしていた。出て行けなどと口走ったのを後悔する。

「風邪をひかせてしまうな」

 フィアリスが困ったように笑うと、エヴァンが目を開けた。

「そんなやわじゃありませんよ。ちゃんと鍛えていますから」

 エヴァンに、たらいに水を張ったものを宿から借りるよう頼んだ。汗もかいていたので、さっと清めたかった。
 気が利くエヴァンは、ほどよい温度の湯をもらってきてくれた。
 シャツを脱ぎ始めると、エヴァンが視線を泳がせる。

「……外に出てましょうか」
「今更何を言ってるの。この間だって薬を塗ってくれたし、私の裸なんて何度も見てるじゃないか」

 フィアリスは苦笑いするのをこらえられなかった。魔物の駆除に出かけるとよく汚れるから、リトスロードの館には湯浴みできる浴室が作られている。そこで何度も一緒に湯浴みをした仲だ。
 エヴァンも昨日の醜態を目撃したばかりだから、意識してしまうのかもしれない。部屋にいていい、と言って、フィアリスは身体を拭いた。

「背中の傷は、もう良くなったんですね」
「君のおかげでね」

 そう、今更だ。今更なのに、見られて何を恥ずかしがる必要があったというのだろう。
 エヴァンを追い出して、取り繕えたものなんてあっただろうか。

「……エヴァン、私の名前、フィアリスというだろう?」
「はい」
「土地の古い言葉で、『石』という意味なんだ。孤児で、自分の名前があったのかなかったのかも知れなくて、しばらくは名無しでいてね。一人さまよい、とある村に住むようになって、いつの間にか、そう呼ばれていた」
「……」

 自分の過去の話はあまりしたことがない。エヴァンはどこか戸惑った顔をしてこちらを見ていた。
 朝の光が、フィアリスの顔を白く照らす。
 こう言ったら、優しいこの子はきっと怒って諫めるだろう。だから心の中だけで呟く。

 ――ねえ、エヴァン。私は君が思っているより、ずっとずっと汚い石ころなんだ。

「もう具合はいいんですか」

 エヴァンがそう尋ねる。

「うん、君のおかげだ。そろそろ朝食を食べに行かない? お腹が空いちゃった」

 エヴァンがつらそうにしているのを、フィアリスも気づいていた。ギリネアスとの出来事に、自責の念を感じているに違いない。でも、昨日のことは全てフィアリスに責任があった。身を守れなかった原因は自身にある。

 君は悪くないんだよ、という気持ちをこめて肩を叩き、階下へ向かうようフィアリスは笑顔で促した。
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