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21、何がわかる?

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「父上! どうしてフィアリスを迎えに行かないのですか!」

 激高したエヴァンは、使用人が止めるのも聞かずにジュードの書斎へと足を踏み入れた。
 エヴァンは日頃、この父を避けていた。極力口もきかないようにしていた。たまに言葉を交わしたとしても内容は事務的で、会話は空疎だ。

 強くて恐ろしい父。
 口答えなど一切しないし、こうして怒鳴りこんだのも初めてのことだった。だというのにジュードの顔色は変わらず、書類に目を落としたままこちらを見ようともしなかった。

 この人は日頃、何を見ているのだろうか?
 この人が本当の意味で「見ている」ものなんてあるのだろうか?
 おそらく――ない。

「負傷したという話ではないですか! すぐに連れ戻すべきだ!」

 ――フィアリス様の具合は、かなりお悪いらしいというが……。

 使用人がひそひそ話すのを耳にして、すぐに問いただした。いてもたってもいられなくて、父のもとへとやって来た。
 ここへ知らせが来たのに自分は知らされていなかった。使用人ですら知っていたのに! そして、使用人が噂するということは当然、当主は真っ先に情報を得ているはずなのだ。

「王都で療養中だそうだ。来るなとあれは言っている」
「療養なら戻ってでも出来ます! おかしいじゃないですか! 何か妙なことに巻きこまれているに決まっています!」

 腸が煮えくり返っていた。
 何故この人は、フィアリスが酷い目に遭っているかもしれないのに涼しい顔をして座っていられるんだ? 死んでしまったらどうしよう、と心配にならないのか?

「フィアリスが自分で決めたことだ」
「私が迎えに行きます」
「許可しない」
「何故です!」

 ジュードは筆記具を置き、やっと目をあげて息子を視界に入れた。

「あれにはあれの計画がある。それをお前は台無しにするつもりなのか? 好きにさせてやれ。フィアリスはそう簡単には死なない」

 フィアリスは助けを望んでいないのかもしれない。エヴァンが変に首を突っ込んだら迷惑するだろう。

 ――子供だと思われているから。

 みんな自分を子供扱いしてくる。あとわずかで成人して、大人の仲間入りができるはずなのに。フィアリスも父もレーヴェもノアも、結局はまだガキだと思って、大事な話はみんな蚊帳の外にする。

「それでも、フィアリスが死ななくても、助けを望んでいなくても、連れ戻しに行くべきなのではないですか? 私がいけないというのなら、あなたが。あなたの言うことなら、フィアリスは聞くのだから」

 ジュードはエヴァンの顔に目を据える。幼い頃から、彫像のように血が通っていない人間に見えた父。温かみが欠落した、生気のない瞳。
 父は初めから畏怖の対象だったが、より恐ろしく感じるようになったのは母がこの世の人でなくなってからだった。

 父は母を失って、より心を閉ざした。もう誰も、その瞳に光を映すことはできない。

「お前にフィアリスの何がわかる?」
「何もわかりませんよ。誰も教えてくれませんからね」

 フィアリスは自分のことを話さないし、誰も彼のことについて聞かせてくれない。だからエヴァンは、この目で見てきたことしかわからない。
 それでも。

「それでもわかりますよ。父上だってわかるでしょう? どうしてみんな、あの人のことを助けてあげないんですか? あなたはフィアリスのことを、昔から、ずっと知っているではないですか!」

 エヴァンは声を張り上げた。

「あんなに悲しい目をした人がいますか! 何も言われなくたってわかります、あの人は不幸で、可哀想な人なんだ。それなのにどうして、誰も助けてあげないんだ!」

 訴えは静寂の中に虚しく消えていく。

 教えてもらわなくても、想像することはできた。幼い頃からあれほどの美貌を持ち、誰にも庇護されずに孤児として生きていたというのなら、フィアリスはここへ来るまで、想像を絶する酷い目に遭ってきたのだろう。

 幸せに暮らしていたなら、あれほどの悲しみを瞳に宿してやって来たはずがない。きっと今まで、嫌というほど蹂躙されて、大切なものを損なわれてきたに決まっている。
 一見まともなフィアリスだが、時折危うげな雰囲気をまとうのは、彼の過去が関係しているのだろう。

 自分の痛みに無頓着なあの人は、誰かが支えてあげなければ、いつか消えてしまうのだ。
 ジュードは何を思うのか、まばたき一つすらしなかった。
 望むような答えは返ってこない。話は終わったとばかりに、ジュードはまた筆記具をとった。

 何の力も持たない、まだ子供でしかないエヴァンは、結局引き下がるしかなかったのだった。
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