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9、好きになっていただきます

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 館に戻ると早々にレーヴェは中へと入っていく。レーヴェの馬も預かって、フィアリスはエヴァンと共に厩舎に向かった。

 二人で馬の手入れをする。厩番もいるにはいるが、ここは使用人の数も少ないので、様々な仕事を手分けしてやらなければならなかった。むしろフィアリスは率先してこの賢く愛らしい仲間達の世話を焼く。

 屍の馬なので疲れを知らず、餌も必要ない。けれどやはり労ってやりたいし、ブラシをかけるのは欠かさなかった。

「フィアリス、今日は怪我はありませんでしたか」
「ないよ。君がほとんどやっつけてくれたじゃないか。見事な仕事ぶりだったよ」

 心の底から誇らしく思って、フィアリスは微笑む。そんなフィアリスの顔を見て、エヴァンは眩しそうに目を細めた。

「ところで、昨日のことについては、どう思っていらっしゃいますか」
「昨日……」

 目が泳ぐ。昨日と言えばあの口づけと告白の件だろう。
 どうと問われても答えに窮する。何せフィアリスにとっては「困った」という感想しかないからだ。未だにに困ったままでいる。照れたエヴァンが何もなかったかのようにそのことについて触れてこないで風化すればいいと思っていた。

 一度言ったことは二度と撤回しないというような気迫を感じる。そんなところに男気を見せなくてもいいのだが。

「君は……その……ちょっと混乱しているんじゃないかな。身近にいる人間というのは親近感を抱くものだし、その情愛を恋愛感情みたいにとらえてしまっているのかもしれない。君が私に告白しようと思ったのは、ひょっとして私が怪我をしたと聞いたからかな?」
「はい」
「だったらやはり混乱しているんだよ。心配で苛々して、この感情はなんだろう、もしかして、恋愛対象として好きってことなんじゃないだろうか。と、まあ、そんな感じで思いこんでいるんだよ」
「違います」

 エヴァンはきっぱりと否定した。何一つ入りこむ余地はないような毅然とした響きのある声で。

「あなたのことが好きなんです。ずっと好きでした。ただ、言えずにいた。言えばあなたに迷惑がられるとわかっていたからです」

 わかっていたならそのままでいてほしかったなぁ、とフィアリスは口には出さずに嘆く。

「けれど、あなたが負傷したと聞いて、考えを改めました。愛しい人が傷つくことが、こんなにも恐ろしいと思わなかった。あなたはある部分においては非常に鈍感な方だ。はっきり言わなければわかってくれない。だから気持ちを告げることに決めました。気のせいでも勘違いでもない。あなたを愛している」

 この顔でこれほど真剣な愛の告白をされたなら、普通の令嬢なら卒倒するかもしれない。
 フィアリスも軽い目眩を覚えた。覚悟していた以上に本気らしく、聞けば聞くほど弱ってしまう。
 エヴァンはまだ十代で、抱く愛も苛烈で情熱的だろう。それがどうして自分に向かってしまったのかと、ため息をこらえられなかった。

「よくよく考えなさい、エヴァン。君は思い違いをしているとしか私は言いようがないよ」
「あなたの気持ちは? 私をどう思っていますか?」
 何故か、一瞬、フィアリスは言い淀んでしまった。エヴァンの澄んだ緑の瞳から放たれるものに気圧されて。

 しかしすぐに、自分を取り戻して年長者らしく笑う。

「君は私の可愛い弟子。それだけだよ。それ以上でも以下でもない」

 不満げにエヴァンは顔をしかめる。傷つけたくはないが仕方がなかった。
 この問題を引きずっても良いことは何一つない。エヴァンには早く思い直してほしいかった。

「…………そうですか」

 エヴァンは自然に歩み寄ると、おもむろにフィアリスの手をとった。
 そして、持ち上げると、指先に口づけをした。

「…………っ!」

 思わぬ行為に、フィアリスはびくりと肩を振るわせた。

「それならそれで構いません。これから私のことを好きになっていただきます。諦めません。もう、我慢をするつもりはないので」

 硬直したままのフィアリスを置いて、エヴァンは去って行ってしまった。
 昨日ケーキを渡された時はあれほど子供っぽく怒っていたというのに、この豹変ぶりはどうだろう。口づけをきっかけに、ふっきれてしまったのだろうか。

「ああ、もう……本当に……困ったなぁ。困った弟子だ……」

 手を頬に当ててフィアリスはぶつぶつ呟く。
 こんなことで心を乱されるわけにはいかない。所詮若い男の子の気の迷いなのである。どれほど迫られても躱すのみだ。
 逃れて逃れて――そうすれば熱も冷めるに決まっている。若者は移り気だ。

「まさかこんなことになるなんて思わないじゃないか」

 一人厩舎の前に残ったフィアリスは、黒い馬達に愚痴を言う。馬は熾火のように赤く光る瞳をフィアリスに向けるだけで、当然だが沈黙していた。
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