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8、弟子の成長

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 二人でくだらない会話をしていると、エヴァンが剣を手にしたままこちらへと走ってきた。

「レーヴェ! フィアリスの手を握るな!」
「これくらいで妬くんじゃねぇよ……手じゃなくて手首だし……」

 そして走ってくる中、エヴァンがはっと目の色を変える。
「フィアリス! 後ろ!」

 フィアリス達の背後に、黒い壁が立ち上がった。魔物達が集合して一つの大きな塊になったものだ。
 フィアリスはろくにそちらも見ず、杖を掲げた。
 魔石が輝き、瞬く間に、壁は塵と化す。

「………………」

 勢いよく踏みこもうとしたエヴァンだったが、攻撃の向けるところを失って、つんのめりそうになる。

「おいエヴァン、知らないようだから教えておいてやるが」

 レーヴェは呆れた口調である。

「お前の魔法の師であるフィアリスは、ファイエルト国でも指折りの魔術師様だ。あんな雑魚、弟子に助けられるまでもない」

 フィアリスは笑いながら頭の後ろに手を当てた。

「いやぁ、そんなに褒められると、照れるな」
「よっ凄腕魔術師様。はい拍手、拍手」

 レーヴェは拍手をする。
 そんな師二人のくだらないやりとりを、弟子は軽いため息をついて眺めている。

 そういうレーヴェも名の知れた剣士で、素性を隠してふらふらと傭兵などをやっていた男だ。世話になっていたのは家令ノア・アンリーシャのアンリーシャ家で、紹介されてリトスロード家にやって来た。剣で彼にかなう者はほとんどいないと噂されている。

 フィアリスとレーヴェはエヴァンの師であり護衛であり、魔物駆除の仕事も任されていた。もはや護衛は不要なので、二人がやるべき仕事といったら魔物の駆除くらいである。

「……まだあっちに魔物の気配を感じる。片づけてきます」

 エヴァンが歩き出そうとする。

「手伝うよ」
「いいえ、あなたとレーヴェはここに。私一人で十分です。どうか私の仕事ぶりを見ていていただきたい」

 そう言い残して、エヴァンは駆け出してしまった。
 確かにエヴァン一人でも片づくだろうが、それでは三人で来た意味がない。手分けした方がもっと早く終わるのだが。
 エヴァンの剣にはまった石がまた光り、術が放たれる。

「あれだけ二級石を使いこなせているなら、何も心配はないな」

 魔石には等級があり、武器にはめれば力を高めたり魔法を使う助けになる。

 一番上は一級石。これは滅多に見つからず、国宝の扱いとなっている。王城におさめられるか、地下迷宮を封印するのに使われている。
 二番目が二級石。これもそう多くはなく、国内で出回っている数は三百ほどとされている。名のある剣士や魔術師の手に渡っていた。
 大方の人間が使っているのが三級石。等級は五級までである。

 質が良い二級石でも使いこなすのは難しい。フィアリスやレーヴェがはめているのは二級で、エヴァンも同様だ。

「見ているだけだなんていけないな。エヴァンはああ言うけど、私も行ってくるよ」

 参戦しようとするフィアリスのローブを、レーヴェがつかんでとどめた。

「見ててやれよ」
「だって……」
「あいつはお前に働かせたくないんだ。少しは気持ちを汲んでやれ」
「……」

 それはありがたいのだが、自分は雇われの身であるし、雇われ先はリトスロードの家だ。そしてエヴァンはリトスロード侯爵家の子息である。彼だけ働かせるのはいかがなものか。

「まあいいんじゃねーの、お手並み拝見ってことでさ」

 レーヴェは腰に手をあてて、弟子の仕事ぶりを観察する。
 エヴァンの動きには一切無駄がなくなっていた。剣術、体術、魔法の術を上手く組み合わせ、効率的に魔物を倒す。大物が出てきても怯むことなく倒していく。

「お前がいない間に、エヴァンは随分成長したぞ。それこそ狂ったように鍛錬してたからな」

 だから以前見た時より更に成長して見えるのだろう。レーヴェはフィアリスが王都に出かけていた時のエヴァンの様子を語った。

「フィアリスが負傷したって話はエヴァンには伏せておくつもりだったんだが、耳に入っちまってな」

 どうも人づての話は正確には伝わりにくい。命に関わるのでは、と館の中で噂になってしまったそうだ。

「エヴァンのやつ、王都に様子を見に行くって言って聞かなくて。侯爵とそれはもう揉めたぞ」

 そんなことが、とフィアリスは頭を抱えたくなった。
 エヴァンは父に、どうしてフィアリスを迎えに行かないのかと詰め寄ったそうだ。あんまりしつこいので、ジュードは情報を集めるように使用人達に言いつけ、フィアリスの命に別状はないことを確認し、傷が癒え次第帰ってくるとの答えを持って帰ってこさせた。そうして息子を納得させた。

 フィアリスが戻ってくるまで、エヴァンは鍛錬と魔物の駆除に打ち込んでいたそうだった。

「エヴァン……」

 どんな顔をして、その時、魔物を倒していたのだろう。
 頼もしくなった弟子の背中を、複雑な笑顔を浮かべながらフィアリスは見守っていた。
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