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59 我が王
しおりを挟むじゃあ帰ろうか、とセフィドリーフがイリスに促す。地上にいる魔獣は全て一気に片づけたらしく、封印も再び施したというから仕事が早い。
イリスが帰る場所と言ったら、もう一つしかない。聖獣と精霊達が住む、白く輝く聖なる山だ。静寂と美味しくて不思議な食材があり、優しい時間が流れるところ。そこにはイリスの幸福がある。
早く帰ってまた美味しいものを作ってよ、とセフィドリーフが催促をしてきた。
歩き出したセフィドリーフは、四つ足の姿に変わり、背中に乗れと言い出す。
いや、馬がいるし乗るなんて大それたことは……と遠慮していたが、その方が早く帰れるからとセフィドリーフも譲らない。
『リィ様は君を乗せてみたいんだよ。聞いておあげ』
アエラスが耳元で囁くので、イリスも恐縮しながらセフィドリーフの背に乗った。馬とはまた違って、毛が長く、鞍などないが不安定さは感じなかった。
地面を離れようとした時、「イリス」と呼ぶ声が聞こえて振り向いた。マデリンが無表情でこちらを見ている。
「母を恨んでいるでしょうね」
そうであることを望むかのような声だった。
イリスはずっと、母に同情をしていた。彼女は善き母になりきれなかった。
癇癪持ちで、怒りが制御できず、おかしな子が産まれたせいで余計に情緒が不安定になっていったのだ。友を見捨てた聖獣を憎んだ。神官になった友を軽蔑した。だから神殿に関わる、占いだとか予言だとかいうものも大嫌いになった。
そして息子のイリスは、自分ではなく目の見えない何か、聖獣に近い存在とばかり戯れている。いずれあの子はそういうところに行ってしまうのだろう。恐怖は歪んだ怒りとなって、イリスにぶつけられた。
彼女はイリスを隠したかったのだ。聖なるものにさらわれるのを恐れていた。
けれど、マデリンは最後にイリスを送り出した。聖獣のもとへと。
そこに全ての答えが詰まっているような気がしたのだ。
ああ、母上は不器用で可哀想な人だ。それでも、僕の母親なんだ。
彼女が母として許されるかどうかは知らない。だが、イリスは母に感謝をしている。
イリスは母に向かって、微笑みを浮かべた。
「恨んでいませんよ、母上。私を産んでくださって、ありがとうございます。セフィドリーフ様に出会えて、私は生きるのが楽しいのです。あなたもあなたの幸いを見つけられるよう祈っております。どうかお元気で、健やかに暮らしてください」
マデリンがうつむいた。よく見えなかったが、彼女の目から後悔の涙がはふり落ちたようだった。
「……君って、本当にお人好しだな」
セフィドリーフがぼそりと呟くのでイリスは笑ってしまった。
「あなたほどじゃありませんってば」
精霊の欠片が、二人の周りでくすくす笑って煌めいている。徐々に晴れ間が広まる空に向かって、セフィドリーフは飛び立った。
「ええっ?! ディアレアン様、どうしたっていうんですか!」
山に到着すると、地面に転がっている黒髪の青年が目に入ってイリスは狼狽した。セフィドリーフから降りたイリスはディアレアンに駆け寄る。息はあるようだが、ぐったりとしていた。
「怪我をしている……! 誰かに襲撃されたんですよ、きっと。早く手当てをしなくちゃ……」
「大丈夫だよ、すぐに治るよ。我々は丈夫だからさ」
セフィドリーフの反応は鈍かった。どことなく気まずそうであるが、慌てているイリスは気がつかない。
「誰がこんな酷いことを!」
四つ足のセフィドリーフの隣に立つアエラスが咳払いをした。横目で何かをセフィドリーフに促している。
「……私だよ」
「え?」
「ディアレアンを倒したのは私だ」
「どうしてそんなことをしたんですか!」
ディアレアンの頭を抱え上げて膝にのせているイリスは非難の声をあげた。
「獣同士が話し合う時ってこうなりがちなんだよ。っていうか、始めたのはそっちだし……正当防衛だね」
でも、あなたの方が圧倒的に強いと聞いています。何故手加減してあげなかったのですか、という気持ちをこめて視線を送っていると、セフィドリーフはため息をついてのしのしと近づいてきた。獣の大きな頭をディアレアンに近づける。
「ディアレアン、起きろ」
舌でぺろんとディアレアンの顔を舐める。ディアレアンが顔を歪めてかすかに反応を見せていた。それから三度ほど顔を舐めた時、ぱちりと目を開けたディアレアンが「ギャッ」と悲鳴をあげて飛び上がった。まるで猫のような跳躍力である。四つん這いになり、尻尾の毛を逆立てて威嚇している。
「な、何ですか! 何をするんですか!」
「いつまでも寝てるんじゃないよ。そうそう、話の続きだけど……」
セフィドリーフも二つ足の姿へと戻り、ディアレアンを見下ろした。
「地上のことは片づけてきた。そして方針も話してきたよ。これは後日お前達にも伝える。一度天上でみんなに話すが、私は昇ってとどまりはしない。ここで暮らすことに決めたからね。イリスと一緒に、人間達を見守るよ」
ディアレアンは真顔になって、しばらくの間黙っていた。彼には彼の考えがあるのだろう。きっとセフィドリーフの決定は、彼の満足がいく内容ではない。
それでもディアレアンはそれ以上口答えをしようとしなかった。理解できないと繰り返しながら、彼もセフィドリーフの胸のうちについてよく考えを巡らせていたのだろう。
本音をぶつけたディアレアンは、思いの外すっきりとした顔をしていた。
膝をつき、ディアレアンが頭を垂れる。
「承知しました。我が王、セフィドリーフよ」
これが、闇の聖獣ディアレアンが出した結論だった。
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