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44 あるわけがない
しおりを挟む「わかったでしょう、セフィドリーフ。人間がろくでもない生き物だということを」
牢の外にいるのはディアレアンだ。横になっているセフィドリーフを険しい顔で見下ろしている。
「誰もあなたなんて見ちゃいない。あなたの力といずれ来るかもしれない破滅の未来を見て恐れているだけだ」
ディアレアンはきっと怒っているのだろう。当然だ、彼らは聖獣を侮辱した。家畜のように扱った。大して仲間意識のない聖獣同士だが、ディアレアンが屈辱を感じても無理はなかった。
「人間どもを殺せ。さもなくば、しもべとしてひざまずかせろ」
「……嫌だ」
「何故です?」
「だって、そんなのあまりに簡単じゃないか……。何の意味もない」
この城にいる人間達など、一瞬で亡き者にできる。だからこそセフィドリーフはそんなことをする気になれなかったのだ。
何のために殺すんだ? 何のために従わせるんだ?
私は別にしもべなんてほしくないし、詫びも求めていないし、消えてほしいと憎んでもいない。
彼らの世界に不用意に踏み入ったのは自分だ。全部誤りだったのだ。そのせいでこんな報いを受けている。
「聞きましたよ。人間の縄張り争いに引きずり出されて、何度も敵方を助けて、その度に酷い扱いをされていると。八方美人もいいとこだ」
「笑えばいいよ」
「笑えない」
様子を見に来た他の聖獣も似たようなことを言っていた。何で腹を立てないのかと腹を立てられる。そんなことを言われても、性分は変わらない。
どれだけちくちく苛められようが、セフィドリーフは人間に怒りを覚えられないのだ。彼らは小さくて無力だ。私が何かするのは弱いもの苛めだ。
かといって擁護するほど好きにもなれない。確かに自分の中には人間に対する嫌悪感が生まれている。そういうものがぐちゃぐちゃ混ざって、何も考えられなくなっていた。
「理解できない」
ディアレアンは低い声で言い残して消えていった。
精霊の気配がして、アエラスが囁く。
『わかりますよ。リィ様は、人間とちょっと仲良くしたかっただけなんですよね』
「……違う。ただの気紛れみたいなものだったんだ」
セフィドリーフは夢のない眠りに落ちる。
腹の中は空っぽで、頭の中も空虚だった。
それからセフィドリーフの待遇はやや良くなった。だがセフィドリーフにしてみれば歓迎するような事態ではなかった。
フェリクス王の予言が見つかって、それが広まったのだ。予言したのはフェリクスではないのだが、予言者の名前はぴんとこない者が多くて、内容を語ったフェリクスの名前が付けられてしまったやつだ。
聖獣が人間を滅ぼすという予言に城の者は震え上がって、これまでの非礼を謝罪し、セフィドリーフに尽くすようになった。
といっても態度は酷くびくついていて、やることはちぐはぐで、セフィドリーフを解放しようとはしなかった。
最悪だったのはもう一つの予言だ。人間との和平。これにしがみつき出して、何人もの人間がセフィドリーフの番として差し出された。
「番なんていらない」
「そう仰らずに……」
揉み手をしながら王の重臣は、様々な女を連れてくる。どれも見目が良いそうなのだがセフィドリーフに人間の美醜の価値観はない。
どの娘も若くて、怯えきっていた。獣に嫁がされる哀れな子供といったところだろう。
追い返したかったがそうすると、気に入られなかったのは彼女達のせいだとなじられる可能性があった。少しの間近くに置いてやり、その後出て行ってもらう。その繰り返しだ。
わずかにでも恐怖を取り除いてやるために、セフィドリーフは耳と尾を消してより人間に近しい姿でいることにした。
女で駄目なら見目良い男だと、貢ぎ物みたいに人間が連れて来られるのでうんざりした。
番などいるわけがない。いつか誰かを愛し、番となるかも、などとフェリクスは言っていたが、「愛する」という感情がセフィドリーフには全く理解ができないのである。
みんな一緒だ。小さくて弱くて怯えている。そしてどこかで人ではないセフィドリーフを憎んでいる。
――私が人間を愛することなんて、あるわけがないじゃないか、フェリクス。
同情はあるが、それだけだ。
私と君達は違う生き物なんだ。結ばれるはずがない。
私にはわからない。愛しい、だなんて――。
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