41 / 60
41 恋の自覚
しおりを挟む* * *
「僕……セフィドリーフ様のことが好きになっちゃったのかもしれない……」
自室の寝台で枕を抱え、イリスは独り言を呟いた。
ライクではなくラブの方である。つまり、惚れてしまったということだ。
イリスは恋愛経験がない。前世でもない。誰かに恋愛感情を抱いたことがなかったのだ。周りで惚れた腫れたの話をする人はいたから聞いてはいたが、自分は未経験である。全く興味もなかった。
恋というのは自分とは無関係の感情だと決めつけていたのだが。
気がつけばセフィドリーフのことばかり考えている。彼のことを考えると、甘やかなものが胸に広がったり、逆にぎゅうっと締めつけられるようなこともあった。
朝起きると、早く顔を見たくてたまらなくてそわそわしてしまう。声が聞きたい。名前を呼んでほしい。
――イリス。
セフィドリーフが低く涼やかな声で自分の名を口にする。そんなごくささやかなことが、時にイリスを猛烈に感動させた。
日に日に想いが深まっていく。
だからといってどうしたい、ということはないのだ。ただ、自分の心がいつも呟く。
好き。好きだ、と。
形のわからない高ぶりが、ついにはっきりと自分の中で主張し始めた。
(でも……セフィドリーフ様は、男っていうか……雄っていうか……、人間じゃない上に、尊いお方だから……)
恋をしていい対象ではない、と思う。
(とはいえ、好きになっちゃったんだしなぁ……)
ううん、とイリスは枕に顔を埋めて唸った。好きになってしまったものはどうしようもない。
しかし、口に出さなければそれほど問題にもならないのではないだろうか。いわばこれは勝手な片思いである。モーションをかけたりなどしないし、今まで通り普通に過ごしていれば、セフィドリーフに迷惑もかからないだろう。
(僕とセフィドリーフ様が万が一にもどうにかなる、なんてことは絶対あり得ないし、今以上に何か欲しいなんて贅沢なことは思わないし……)
うん、うん、とイリスは頷いた。
いいんじゃないか? 別に。
種族も違うし男だけど、セフィドリーフ様に妻がいて横恋慕しているわけじゃなし。こっそり好きになるのは罪じゃない、と思いたい。
考えようによっては、恋などしたことがない自分が初めてそんな感情を知れたのは、良いことなのかもしれない。そばにいるだけで幸せなのだし。
(初めて好きになった人が、セフィドリーフ様でよかったなぁ)
これが片思いってやつか、とイリスはしみじみ頷いて笑った。
今日もいい日和だった。柔らかい陽光が山に降り注ぎ、白々とした植物が輝いて眩しい。
ここ何日かは、セフィドリーフに剣の稽古をつけてもらっていた。以前よりは動けるようになり、剣を持つのもさまになってきていると褒めてもらっている。
稽古が終わって休憩し、空を見上げるとあんまり綺麗だったから、イリスは散歩に出かけることにした。
山は時がゆったり流れていて、何もかもが穏やかだ。
葉の蝶が舞い、魚が宙を泳ぎ、植物は風に揺れてさざめき、川の水面は光る。
いくらでも見ていられる風景の中、イリスは足を進めた。
木のすけたところで、白い草が一面に生えている土地がある。そこで四つ足の姿をしたセフィドリーフが横になって眠っていた。アエラスとエオーリシも、その銀色の聖獣に寄り添って昼寝をしている。
絵画の中の世界のような光景を、しばらくイリスは離れて眺めていた。
「イリス」
セフィドリーフが片目を開けて呼びかける。
「あ……セフィドリーフ様……」
図々しいよな、と思いながらも、イリスは我慢できなくて口を開いた。
「私も一緒に寝ていいですか……?」
「いいとも。おいで」
イリスは顔をほころばせて近づいていった。腰を下ろして、そっとセフィドリーフの体にもたれかかる。
頭を乗せると、銀色の毛が顔をくすぐった。
(うわ……ふっっわふわ……!)
感動して目をつぶり、大きく息を吸いこむ。
――セフィドリーフ様、風とお陽さまの匂いがする……。
何も知らなかった、いとけない子供の頃の感覚が戻ってくるかのようだった。自然に身を委ねて、愉快な気持ちになったあの頃。生き物の原初の喜びを感じる部分がくすぐられる。
目を閉じると、すぐにイリスは眠りの中に沈んでいった。
自分をこれだけ幸せにしてくれる彼に、自分以上の幸福が訪れるよう祈りながら。
8
お気に入りに追加
194
あなたにおすすめの小説
異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!
ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!?
夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。
しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。
うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。
次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。
そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。
遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。
別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。
Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって!
すごいよね。
―――――――――
以前公開していた小説のセルフリメイクです。
アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。
基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開を少し変えているので御注意を。
召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】
クリム
BL
僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。
「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」
実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。
ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。
天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。
このお話は、拙著
『巨人族の花嫁』
『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』
の続作になります。
主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。
重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。
★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。
室長サマの憂鬱なる日常と怠惰な日々
慎
BL
SECRET OF THE WORLD シリーズ《僕の名前はクリフェイド・シュバルク。僕は今、憂鬱すぎて溜め息ついている。なぜ、こうなったのか…。
※シリーズごとに章で分けています。
※タイトル変えました。
トラブル体質の主人公が巻き込み巻き込まれ…の問題ばかりを起こし、周囲を振り回す物語です。シリアスとコメディと半々くらいです。
ファンタジー含みます。
甥っ子と異世界に召喚された俺、元の世界へ戻るために奮闘してたら何故か王子に捕らわれました?
秋野 なずな
BL
ある日突然、甥っ子の蒼葉と異世界に召喚されてしまった冬斗。
蒼葉は精霊の愛し子であり、精霊を回復できる力があると告げられその力でこの国を助けて欲しいと頼まれる。しかし同時に役目を終えても元の世界には帰すことが出来ないと言われてしまう。
絶対に帰れる方法はあるはずだと協力を断り、せめて蒼葉だけでも元の世界に帰すための方法を探して孤軍奮闘するも、誰が敵で誰が味方かも分からない見知らぬ地で、1人の限界を感じていたときその手は差し出された
「僕と手を組まない?」
その手をとったことがすべての始まり。
気づいた頃にはもう、その手を離すことが出来なくなっていた。
王子×大学生
―――――――――
※男性も妊娠できる世界となっています
転生したらいつの間にかフェンリルになってた〜しかも美醜逆転だったみたいだけど俺には全く関係ない〜
春色悠
BL
俺、人間だった筈だけなんだけどなぁ………。ルイスは自分の腹に顔を埋めて眠る主を見ながら考える。ルイスの種族は今、フェンリルであった。
人間として転生したはずが、いつの間にかフェンリルになってしまったルイス。
その後なんやかんやで、ラインハルトと呼ばれる人間に拾われ、暮らしていくうちにフェンリルも悪くないなと思い始めた。
そんな時、この世界の価値観と自分の価値観がズレている事に気づく。
最終的に人間に戻ります。同性婚や男性妊娠も出来る世界ですが、基本的にR展開は無い予定です。
美醜逆転+髪の毛と瞳の色で美醜が決まる世界です。
【完結】王子に婚約破棄され故郷に帰った僕は、成長した美形の愛弟子に愛される事になりました。──BL短編集──
櫻坂 真紀
BL
【王子に婚約破棄され故郷に帰った僕は、成長した美形の愛弟子に愛される事になりました。】
元ショタの美形愛弟子×婚約破棄された出戻り魔法使いのお話、完結しました。
1万文字前後のBL短編集です。
規約の改定に伴い、過去の作品をまとめました。
暫く作品を書く予定はないので、ここで一旦完結します。
(もしまた書くなら、新しく短編集を作ると思います。)
悪意か、善意か、破滅か
野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。
婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、
悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。
その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる