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34 日々
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朝起きて、顔を洗ったりと身支度を整え、朝食の支度をする。大抵はアエラスがそれを手伝ってくれた。
呼びに行かなくてもセフィドリーフは決まった時間に食堂へ降りてきて、イリスが作った料理を口にした。
イリスはそんなセフィドリーフの姿を見るのが好きだった。
食後のお茶を飲み、食器を片づけると朝の訓練だ。自分で考えた筋トレのメニューを一通りこなし、剣がもっと手に馴染むように素振りをする。
さっと湯を浴びて休憩した後は、掃除をしたり自由な時間となる。
イリスはセフィドリーフが城のテラスにいるのを見つけて声をかけた。
「セフィドリーフ様。御髪を梳かしてもよろしいですか? 地上で櫛を調達してきたんです」
「いいよ」
テラスに置かれている椅子にセフィドリーフが座り、イリスは丹念にセフィドリーフの滑らかな髪を梳いた。
整えなくたって彼の髪は驚くほど美しく煌めいている。手に乗せた髪に光が反射するさまを、イリスは無心で眺めていた。
「どうして私の髪をそんなに熱心に見ているんだ?」
「とても綺麗なので……」
綺麗、美しい、素晴らしい。そんな言葉しか浮かばない。語彙が貧弱な己に苦笑してしまう。
「あなたの御髪は、どんな高級な絹糸よりも美しいです。触らせていただけるなんて、私は幸せ者ですね」
静かな自然の中で、美しい人と語らう時間。心が落ち着く。
どんな些細な会話でも、セフィドリーフと言葉を交わすのは楽しい。
「私の世話をするのは疲れない? 君もたまには休んでいいんだよ?」
セフィドリーフが振り向いた。その顔は高貴な雄々しさがあり、目が離せなくなる。狼を思わせる目元は確かに野生の鋭さも感じるものの、常に優しさといたわりが滲んでいた。表情に尊大さの欠片もない。
口から出るのもいつも、イリスへの気遣いばかり。
「いいえ、疲れたことなんてありません、セフィドリーフ様。あなたのお世話をさせていただくことは、今の私の生き甲斐です……」
彼のそばで浮かべる笑顔は、偽りのない、心からの笑顔になる。そうやって微笑ませてくれる彼に対して、感謝で胸がいっぱいになった。
料理をする時はいつも、セフィドリーフに幸運が訪れることを祈る。彼がいつまでも健康で、心穏やかでありますようにと願いをこめる。
あんなに素晴らしい存在をこの世に生み出してくれた世界にも感謝する。
「イリスはリィ様のどこが好き?」
煮込んだスープの味見をしながらアエラスが尋ねてくる。
「みんな好きだよ。毛の一本まで好き」
「眉毛の一本一本も?」
イリスは吹き出した。
「眉毛もだよ」
「狼姿の四つ足のリィ様は時々ヒゲが抜けるよ。ちょうだいって言ってみなよ。たぶんくれるよ」
「それは恐れ多いなぁ……。ヒゲをくださいなんて言ったら変な奴だと思われる」
欲しいけれど、そこまで図々しくはなれなかった。
「人間って聖獣のことを怖がる人が多いけど、君は違うね」
怖いってなんだろう。
あの方が何かをするかもしれないと、みんなそこに恐怖を覚えるのだろうか。でも、それは知らないだけだ。
「もっとよく見れば、ちゃんと話をすればわかるのに。セフィドリーフ様がどれだけ寛大で優しいかって。自分達と違う生き物だからって、どうして決めつけて怖がったり壁を作ってしまうんだろうね」
アエラスはスープの味はこれでばっちりだろうと太鼓判を押してくれた。あっさりとした塩味で、いくつかのハーブと根菜が入っているものだ。
イリスはスープの鍋をのぞきこんだ。
「私の主、大好きなセフィドリーフ様。私を置いてくれてありがとうございます。あなたの幸いを永遠に祈ります。誰がなんと言おうが、あなたは素晴らしい方です」
「スープに気持ち託さないで直接言ったら?」
「いや、だって、恥ずかしいから……」
彼に対する賛辞などは、おそらくうわ言みたいにちょくちょく口から出てしまっているのだろうが、意識がはっきりしている時に面と向かっていうのは照れがある。
しかし実はこの時、食堂の外を通りかかった耳の良いセフィドリーフが一言ももらさず、イリスがスープに託そうとした気持ちを聞き取っていたことは、イリスも知らなかった。
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