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32 大事にしている

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 * * *

 セフィドリーフは器に盛りつけた白い米(石)を見下ろした。そしてそこに、さらさらと七色の砂みたいなものをかける。
 これはイリスが用意しておいてくれた、フリカケというやつだ。米にかけると美味い。
 洞窟に咲いている花の花粉に調味料を混ぜ、天日で乾燥させたものらしい。歯触りは適度にサクサクしている。
 混ぜてオニギリにしても見た目が良いそうなので、今度握ってもらおうと思う。それを持って散歩にでも出よう。

「聞いてるんですか? セフィドリーフ」
「悪い。聞いてない」

 前の方からいかにも不機嫌そうなディアレアンの声が聞こえてきた。セフィドリーフは少しの間、七色フリカケに見入っていたのだ。
 イリスの言葉を思い出す。

 ――これって、虹の色ですね。虹を砕いて粉にしたみたいなふりかけです。綺麗でしょう?

 そう言って、嬉しそうに見せてきたのだ。
 セフィドリーフはフリカケのかかったところを食べた。

「それ、何です? どうしてあなたは二本の棒きれで食べ物をすくって食べているんです?」
「これは、ハシって道具だそうだ」
「食べにくくないですか?」
「いやそれが、慣れるとかえってこれの方がものがつまみやすかったりして食べやすいよ。麺類とかね」

 イリスが二本の枝を削ったもので食事をしているから真似をしてみたのだが、すぐに食べ方は習得できた。イリスは「あっ……世界観が……」と困ったように呟いていたが、止めはしなかったし、ハシづかいが上手くなると褒めてきた。

「ものを食べるようになったんですね」
「イリスの作るものは珍しいものが多くて、食が進むんだ。どれも美味しいし」
「人間の作ったものを食べるなんて……。餌付けされてるんだ」
「そうかもな」

 適当な返事をされて、ディアレアンが舌打ちをしている。
 散々毒を盛られて苦しんだ経験があるセフィドリーフが人間から与えられたものをまたこうして食べているのだから、ディアレアンとしては理解不能なのだろう。
 でも、イリスは毒を盛るような子じゃないから、と説明したところでまた舌打ちをしそうである。セフィドリーフは構わず食べた。米は冷めても悪くないが、今日はほかほかご飯を食べたい気分なのである。だから冷めないうちに食べる。

「あなたは……頭がおかしいんだ。前からずっと思っていましたが、話をする度に確信する」
「そんな頭がおかしい私のところへどうして訪ねて来るんだ。なじりに来たのか?」
「そうです」
「暇なんだな、お前も……」

 今日のディアレアンは正面から訪問してきた。アエラスが応対し、食堂にいるセフィドリーフのところまで連れて来たのだ。
 部屋に忍び込んでこないのかと聞けば、「毎度あなたに喉を締め上げられて凄まれてはかなわないんですよ」とふてくされている。次は横っ面を殴られるとでも警戒しているのかもしれない。

 そういえば、セフィドリーフは昔、ディアレアンを徹底的に痛めつけたことがあった。王になるための力比べだ。全員ボコボコにしたが、その最初がディアレアンであり、彼は途中で引こうとしなかったので戦いが長引いたのだ。

「あなたはよくもこの私に暴力が振るえますね。恩知らずだ。あなたが牙を失った時に、代わりの歯を作って与えたのは私だというのに」
「牙のことは感謝してるって。ありがとうありがとう」
「全然気持ちがこもっていない」

 ディアレアンに睨まれながらセフィドリーフは一杯の飯をたいらげた。アエラスがやって来て茶を出す。これもイリスが見つけた茶葉で、白いが蒸して揉んで製茶すると緑色の茶が出る。

「文句を言って気が済んだなら帰れ。いつまで地上にいるつもりなんだ」

 セフィドリーフは茶をすする。

「あなたはいつ昇ってくるんです?」
「耳がついてないのか?」
「ついています」

 ぴょこぴょことディアレアンの頭に生えている耳が動いて主張していた。

「五百回くらいは言ったはずだ。私は行かない。精霊達を見捨てるわけにはいかないし、それに……」

 イリスが戻ってくる。
 いつかはあの子だって人の世界に帰るのだろうが、当分はここにいるのだろう。いたいという顔をしている。私がいてやらなくちゃいけない。でないと、聖獣の守護騎士という名目がなくなって、行き場がなくなってしまうではないか。せめて次にあの子がどうするか考えてやってから、さよならしなくては。

 と思ったが口には出さず、だから言葉を濁してしまった。
 ディアレアンは鋭くセフィドリーフに視線を投げる。

「人間が来ているそうですね。何故追い返さないんだ」
「神殿の連中がしつこいんだよ」
「山にいるから声をかけてくるんですよ。声が届かない天上まで行けば済む話だ。人間にあんな目に遭わされておいて、まだそばに置く気になるんだからあなたはどうかしている。そんな奴、さっさとつまみ出せばいい」

 セフィドリーフは嘆息した。しつこいといえばディアレアンもかなりしつこい。どれだけ威嚇してもこの城へ訪れては上に来いと催促するのだ。

「言っておくけど、ディアレアン。もしイリスをいじめたら、お前を殺すからな。それだけは覚えておいてくれ」

 面倒くさそうに脅すと、ディアレアンは顔をひきつらせた。今まで痛めつけられた記憶がよみがえってきたのかもしれない。
 悪いとは思っている。セフィドリーフは喧嘩も暴力も嫌いだからなるべく手は出したくないが、獣の血が騒ぐと同胞には特に強く出てしまうのだ。

「やけに大事にしているんですね、その人間を」

 ディアレアンは吐き捨てる。そして、セフィドリーフがこれまで人間と仲良くし過ぎて恩を仇で返された歴史をつらつらと、まるで自分がそんな仕打ちを受けたみたいに恨み言を並べ立てた。
 セフィドリーフは意識を閉じて聞き流している。

 ――私は、イリスを大事にしているんだろうか。

 イリスをどう思っているかと問われれば、好もしく思っていると答えるだろう。
 イリス・トリーヴェルダは変わり者で、どこか放っておけない。純真で健気で、思いやりがあっておっちょこちょいで。自分の身なんてかえりみず、ひたすらセフィドリーフに尽くそうとするところがいじらしい。

 可愛らしい、と思う。
 セフィドリーフは彼に大して何もしてやっていないのだ。それなのにとても懐いてくるし、どんな姿を見ても恐れない。

 柔らかく笑って、全てを受け入れて喜んでいる。変な子だ。
 頭を撫でただけで、いつもあんなに嬉しそうにして。だからこちらも甘やかしたくなる。

「セフィドリーフ! 私の話を聞いてないな!」

 ディアレアンが机を拳で殴った。

「うん」

 怒鳴られてやっと我に返る。
 イリスのことを考えると、なんだか心が安らぐのでつい考えてしまうのだ。いなければ余計にそうなる。日だまりの中で微睡んでいる感覚に近い。気持ちが良くなる。
 ディアレアンの繰り言に耳を傾けているくらいならイリスのことを考えていた方が楽しい。

 ――楽しい。

 そんな感覚がまだ自分の中にあったことに驚きを覚えた。
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