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27 変わり者
しおりを挟む「安心しろ。私は君達の主に噛みついたり、引っかいたりは決してしない。人間は食べないからな」
彼らの心労を少しでも取り除いてやろうとセフィドリーフはそう言ってやった。
「そら、聞いただろう。杞憂だったな、二人とも。さあさあ、酒を飲もうじゃないか」
どっかりと座ると、フェリクスは準備を始める。これは大変味の良いぶどう酒なのだと誇らしげに言って器を出したが、はて、と手を止めた。
「あなたはどのように酒を飲む? セフィドリーフ」
皿でも出した方がいいのかと考えているのかもしれない。
セフィドリーフは二つ足の姿へと変わった。
四つ足から二つ足へと変化すると、体積はかなり変わる。どちらの姿も本当の形だが、四つ足でいることが多いのはその方が足が早いからだった。
二つ足の姿は手の指がよく動くから細かい作業に向いているが、寝てるか歩いているかの日常ではそんな作業をする機会は少ない。
セフィドリーフの変化を目撃した騎士二人は、腰を抜かしそうなほど驚いていた。一人面白そうにしているのはフェリクス王である。
「ふむ、便利だし、大変愉快だ。二つ足の姿にもなれるとは聞いてはいたが、まことだったとはな。そちらの姿も美しい。やはりあなたは人ではないようだ。人にしては美しすぎる」
騎士達の視線は、セフィドリーフの獣の耳や尾に向けられていた。二つ足の姿は人間とよく似ていたが、やはり異なる部分は目につくようだ。
フェリクスはセフィドリーフに酒を振る舞った。
確かに芳醇で、味もなかなかのものだった。酒は毎年作っていて、その年毎に味は違うのだという。王家に献上される酒はどれもよりすぐりのものだが、今年持ち込まれたものは格別なのだそうだ。
昼餐として持ってきたものも出される。パンにチーズや野菜がはさまっていた。酢漬けにした果実の実がアクセントとなっている。
この酒とパンは味が合うな、とセフィドリーフは思った。
フェリクスは、チーズにはいろいろ種類があることを教え、自分は焼いてカリカリにしたものが一番好きだと話をした。
彼は食事を振る舞うというよりは、自分が腹拵えがしたいだけで、それにセフィドリーフを付き合わせたといった感じだった。
「大した食事でなくてすまない。あなたに召し上がっていただくのならもっと豪勢なものを運ぶべきだっただろうが、何せ会えるかどうかわからなかったからな」
「構わない。美味しかった」
セフィドリーフが素直な感想を述べると、フェリクスは微笑む。
晴れ空の下でしばし酒を飲み、他愛ない話をする。
セフィドリーフはほとんど聞き役だったが、話が途切れたところでこう尋ねた。
「何か私に聞きたいことがあるんだろう? わざわざ昼飯を食べるために、王が山を登ってくるはずがない」
騎士達がにわかに緊張した面持ちになり、目を見交わしている。フェリクスだけがやはり、鷹揚な態度を崩さなかった。
「尋ねてもよろしいのならそうさせてもらおう。あなたが気を悪くされなければよいのだが」
「聞かなきゃわからないな」
「では尋ねる。あなた方聖獣は、いずれ我ら人間を滅ぼす気でいるのか?」
風が吹いた。
葉ずれの音がする。優しい風が山の草花を撫でていく。
アエラス達の気配を近くに感じた。精霊達もこの珍しい顔合わせを、興味深く見守っているらしかった。
「私には、何とも言えない」
セフィドリーフは正直に答えた。
聖獣は、人間を滅ぼすべきだと考えている者の方が多い。それには理由があった。
いつか聖獣の王が、楽園を見つけるという言い伝えがあるのだ。聖獣の王は「裁定者」とも呼ばれる。
地上は人間によって無駄な血が多く流れて汚されていた。そのせいで魔獣も発生している。楽園の出現など程遠い。
いずれ王が人を裁き、そうすることによって楽園は現れるのではないかと聖獣達は考えているのだ。
別に話し合ったわけではないが、聖獣達は人間を好もしく思っていないようだし、誰が王になるのだか知らないが、その王はきっと人間を滅ぼすのだろう。
けれど「滅ぼす」とも断定できない。だからセフィドリーフからは何とも言えないのである。
「他の者の考えを私の口からは言えないんだよ。正直、よく知らないし。あんまり話し合いもしないしな」
「そうか。それでは、あなたはどうだ。人間を滅ぼすか?」
王を守るために控える騎士達の表情は険しかった。セフィドリーフは肩をすくめる。
「わからないよ。でも、根絶やしにしようなんて思ったことは一度もない。多分、これからもそう思わないんじゃないかな。と言っても、私の意見なんて聞いたって仕方ないぞ。だって私は聖獣の王になるつもりがないから。全ての行く先を決めるのは、王なんだ」
力比べをして最も強い者が王の座につくという取り決めがあるものの、誰も他の者に真剣に挑んだ試しがない。
何にせよセフィドリーフは王などというものに興味がないので関係なかった。
そうか、とフェリクスはまた頷いた。
「実を言うと、我が国の民があなたに畏敬の念を抱いていて……」
「素直に『怖がっている』と言ったらどうだ?」
「では言わせていただく。あなたに怯えている者がいるのだ。ああだこうだと訴えが私のもとまで届いていて、黙らせるには私が自ら足を運んであなたがどんな方か確認する必要があった。そういうわけで、ここまで来たのだ。あなたは危険な生き物ではなさそうだ。民には安心するよう伝えておこう。騒がせたな、セフィドリーフよ。では、帰ろう」
うむ! と力強く頷くと、フェリクスは帰り支度を始めるのでセフィドリーフはなんだか肩すかしをくらったような気分だった。
話をしただけで危険かどうかわかるものだろうか? この男は何もわかっていないのではないか?
「私は危険な生き物かもしれないぞ、フェリクス王。私は誰であろうがひと噛みで殺せる。風を起こしてなんでも吹き飛ばす」
騎士達が剣の束に手をかけるので、「やめよ」とフェリクスはつかんで手を離させる。その声には深刻な色はない。
セフィドリーフは脅したつもりはなくて、事実を言ったまでだった。二つ足の姿だと迫力が減じて見えるかもしれないが、セフィドリーフは剣も扱えるし、武器でもっても人に負ける気がしなかった。
フェリクスは笑って振り向く。
「それはそうかもしれないが、あなたはそんなことはしないだろう」
そうだ。そんなことはしない。だが。
「どうしてそう思う」
「酒を酌み交わした仲ではないか! 私はあなたが良い奴だと見抜いたぞ。ここは良いところだ。多忙の身だが、また来よう。来て、あなたとまた飯でも食おう。逃げ場所にはうってつけだものな。私には逃げたくなるほど怖い臣下がいっぱいいるのだ。さらばだ、セフィドリーフよ」
フェリクスは朗らかに言うと、馬にまたがり、従者を連れて去って行ってしまった。
残されたセフィドリーフは眉間にしわを寄せて立っていた。
あの男は常識というものが欠けているのではないだろうか。セフィドリーフは人ではないが、観察してきたから人の常識というのはなんとなく、うっすらとだけだが知っている。
何で酒を酌み交わしたら相手の本質が見抜けるのだ。意味がわからない。
もっと真面目な話し合いをするとばかり思っていたのに、酒を飲んで飯を食い、大切な質問はさらりとして終わった。
「……アエラス」
呼びかけると、少年の姿をした精霊が実体化してそこに立った。
「はい」
「おかしなのが来たぞ。あれは、変わり者だな」
「では、リィ様と気が合うのではないですか? あなたは聖獣様方の中で、一等変わり者だと評判ですから」
セフィドリーフは無欲で覇気がなく、いつも漫然と日々を過ごしている。聖獣の中で最も人間に近づき、彼らの生活を離れたところから観察しているのだ。
人で例えるなら、仕事も遊ぶこともせず、蟻の巣穴を四六時中眺めているようなものだ。そのくせ、別に蟻好きでもない。
あなたって変ですよ、と闇を司る聖獣ディアレアンからはたまに言われていた。
「あんなに変わってはいないよ、私は」
「そうですかねぇ」
憮然としているセフィドリーフに、アエラスが笑う。
セフィドリーフの方は少ししか話していないフェリクスの人柄はまだ、どうにも評せない。
とりあえず一つ言えるのは、あの変人と言ってもいい王との昼餉の味は、悪くなかったということだ。
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