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17 王の自覚
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セフィドリーフは暗闇の中で目をつぶっていた。窓かけはないが、魔法で外からの光を遮断しているから部屋の明るさは調節できる。月光も入らないようにして、室内は暗がりに沈んでいた。
イリスは今夜、アエラスと一緒に食材さがしに出かけているという。寝台に寝転がりながら、セフィドリーフは己の獣の耳に手を触れた。
是非とも、とイリスがしつこくせがむので、耳や尾を隠すのはもうやめにした。おかしな子だと思う。おかしくてお人好しで、優しい子だ。
あんなに一生懸命に、自分に尽くそうとしている。彼の作る料理にはどれも、真心がこもっていた。
食事なんて二度とするものか。そう思っていたというのに。
はっきり言って、ああいうタイプに自分は弱い。だから彼の作ったものを食べてやろうという気になったし、どれも味が良かった。
何かを食べるだけで、これほど回復するとは思わなかった。きっと、食事のせいだけではない。イリスがいることによって――。
セフィドリーフの鈍い思考は中断された。目を細めて、部屋の隅の闇がこごったところを注視する。
「……ディアレアンか」
「相変わらずですね、あなたは。いつもこうして、部屋で惰眠を貪っているんですか」
「何をしようが私の勝手だろう」
苛立ちが空気を伝わってくる。
こうして五聖の一人が山まで様子を見に降りて来るのは随分久方振りのことだった。セフィドリーフが山に籠もり初めた頃は、入れ替わり立ち替わり来てはよく小言や嫌みを言いに来たものだ。まるで効果がないので、そのうちほうっておかれるようになった。
ここ最近で顔を出すのはディアレアンだけだ。多分、彼が一番セフィドリーフに腹を立てているからだろう。
「あなたはいつになったら、役目を果たすのです? 自覚というものはないんですか?」
「自覚とは?」
「王としての自覚です」
「またその話か。お前も飽きもせず、何百年もしつこいな」
ディアレアンは闇の毛色を持つ聖獣だ。長い髪も耳も尾も闇色で、周囲の暗闇とほとんど溶け合っている。目だけが黄金に輝いて、セフィドリーフに射るような視線を向けていた。
「五聖の中で最も強い者は聖獣の王となる。そういう決まりです。あなたはすすんで王になった」
ディアレアンが立腹している理由は、セフィドリーフのような腰抜けが王という立場であることと、自分がセフィドリーフよりどう頑張っても格下であることだろう。知ったことではないが。
「私には構うなと言ったはずだぞ。だから私もお前達に構わない」
「セフィドリーフ。何故昇って来ないのですか? いつまでここにいるつもりなんです?」
お互い好きなようにやろう、と提案したはずだ。セフィドリーフは彼らに指図はしない。だから勝手にすればいい。
答えずにいると、ディアレアンは低い声で続けた。
「あなたは救いようがないほどのお人好しで、同胞の面汚しだ。あんな扱いを受けてもなおまだ、人間共をかばおうというのか?」
ため息をついて、セフィドリーフは目をすがめる。
「言っておくが、私はここ数百年の間、一度だって人間に手を貸したことはない。人間などかばっていない」
「では何故この山にいる!」
アエラス達が消えるのが哀れだからだ、と説明をしたこともあるのだが納得はしなかった。ディアレアンとの会話が億劫でたまらない。次々に詰問をして、向こうの意に添った答えを与えなければ激高するのだ。
「帰ってくれ、ディアレアン。私は何もかも億劫でたまらないんだよ」
「ここ最近、あなたの力が増したようだ。何かしようとしているのか?」
何もする気がないと言っているのに疑われている。とにかくディアレアンはセフィドリーフが人間と接触することを好んでいないのだ。
「あなたは裁定者だ。王とはそういうものだ。役目を果たさなければならない」
「『楽園』の件はまだ待てと言っている」
セフィドリーフが次々に同胞の聖獣達に力比べを挑んだ理由は、王の立場を得ることにあった。王たる者は、他の者に命令する権利を持つ。そして臣下はそれに従うのである。
誰かの命令のまま動くなんて真っ平御免だった。それで、他の者がなるくらいならとセフィドリーフは動いたのだ。よって、何百年もの間、王の名の下に聖なる存在達に命令が下されたことはない。
「それとも、あなたはまさか信じているのか? あの馬鹿げた予言を」
「もう話はおしまいだ。ここへ侵入した罪は大目に見てやろう」
信じてない。何も。
予言も占いも、誰のことを信じるのも疲れた。
あなたの行動は矛盾だらけだ、とディアレアンが吐き捨てる。そうかもしれない、と自嘲した。
「あなたは王の器ではない、セフィドリーフ。皆言っている。あなたは、ただの臆病者だ」
ディアレアンの怒りを含んだ声に、セフィドリーフは髪をかきあげて「はっ」と笑った。
次の瞬間、目にも止まらぬ速さで移動し、闇に潜んでいたディアレアンの首をつかんで壁に押しつける。ディアレアンはうめき声をあげた。
「悔しかったらな、ディアレアン。私を倒してみるといい。後一千年かかったところで、お前は私にかなわないよ」
悔しげに眉根を寄せ、ディアレアンは歯ぎしりをする。
「同胞には強く出るんだな。あなたは脆いものの方が苦手なのだろう。簡単なことだ、いっそ強く握りしめて、全て壊してしまったらいい。何故それが怖いんだ? あなたは力を持って生まれてきた。それなのに、ほとほと甘い。人間などという俗悪な生き物のどこがいいんだ!」
「お前はつくづく私の話を聞かないな。人間は嫌いだよ。もう百遍もそう言っている」
ゆっくりと手を離すと、ディアレアンは舌打ちをして姿を消した。
「何故、あなたが」
そんな言葉だけを残して。
セフィドリーフは、ディアレアンがいた闇に目をこらしていた。
何故、あなたが王なんだ。何故最も強いのがあなたなんだ。そんなようなことを言いたかったのだろう。ディアレアンは話が得意な方ではない。恨み言の語彙も豊富ではなく、同じようなことばかり繰り返すから聞き飽きた。
「それは、詫びよう。ディアレアン。それに同胞達よ」
彼らの怒りももっともなのだ。他人事みたいに同情する。
だからといって、セフィドリーフは王の座を明け渡すつもりもないし、彼らの望むように動くつもりもない。
いっそしっかりと立場を表明すれば、聖獣も人間も納得するのかもしれないが、そういうつもりもない。優柔不断、腰抜け、臆病者、八方美人、お人好し。そういう暴言を受けるのがよく似合うと思う。
きっぱりとした獣らしさが欠けていて、信じ切れないし切り捨てられない。未だ自分は迷っている。だからみんなが苛ついている。
しかしそれでも、セフィドリーフは明らかに誰よりも強大な力を持っている。だから結局、皆突っ込んで逆らえない。
「私は王に向いてないのは確かだな……」
世の中は上手くいくように出来ている、なんて人間が話しているのを昔耳にしたが、あれは嘘だとセフィドリーフは思った。
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