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07 前世の記憶

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 * * *

 食器も魔法でちゃっちゃと洗えるから何もしなくていい、と精霊達に言われてはいたが、それではやはりお客様のような扱いであるし、今日から自分でやらせてほしいと申し出た。
 城で食事をするのはほとんどイリスだけで、使うのもイリスの分だけだ。アエラスは料理を作るのは好んでいるが、頻繁に食事はしないという。
 食器を片づけて振り返ると、厨房の奥に貯蔵室の扉が見えた。

「あの中に食材が保存されてるの?」
「そうだよ。まあ、僕達には不要なものだから量は多くないんだけどね」
「見せてもらってもいいかな」
「どうぞ」

 木製の扉を開ける。
 貯蔵室ということでさほど広くはなく、棚が並んでいる。伯爵邸にももちろん、このような部屋はある。しかし地上の一般的なそこと、この貯蔵室は少し変わっていた。
 まず、やたらと光っているものが多い。

 麻袋に詰められている野菜か果物のようなものはぼんやり赤い光を放っているし、かごに入れられているキノコも青白い燐光で存在感を際だたせていた。
 一見するとおよそ食材には見えない、どう見ても宝石にしか思えないものもある。しかしアエラスに訪ねると「果物だよ」とのことだ。
 隅の方には冷気を漂わせた箱があって、中のものを冷やしておくことができるらしい。部屋の反対の隅には、温めておける箱も置かれている。実に便利だ。

「これは……」

 とイリスが手にとったのは小瓶だ。同じ大きさのものが並べられており、黒色や琥珀色の液体、白くてさらさらとした結晶のようなものが入っている。

「もしかして、調味料の類かな?」
「当たりー! 舐めてみなよ」
「じゃあ、遠慮なく……」

 イリスは黒い液体の小瓶の蓋を開け、数滴てのひらに落として舐めてみた。
 すると。

「えっ……、これ、醤油?!」

 驚きの声をあげるイリスに、アエラスは首を傾げる。

「ショウユ、って、何?」
「あ、え? あー……、そうだよね、ええと……」

 イリスは誤魔化すように笑って、確認のためにもう一度黒いものを舐めてみた。
 気のせいではない。これは間違いなく醤油の味だ。

「この世界……じゃないや、聖なる山には大豆があるのかな?」
「ダイズ?」
「豆だよ」
「豆はあるけど、ダイズってものはないよ。それは木になる貝を絞るととれるよ」
「木になる貝を絞る……」

 貝は海のものだと思っていたが、木になる貝とは何だろう。アエラスの言う通り、この山には不思議な動植物が多そうだ。
 とりあえず、この風味ある液体は小麦と大豆を原料としたものに塩水を加えて発酵などの手順を踏んで作られたものとは別物らしい。

(でもこれ……すっごく醤油に似てるよ。なんか懐かしくなっちゃったな)

「それに似たものが君の家にもあったの?」
「うーん……いいや。でも昔、口にしたことがあってね」
「そうなんだ」

 もうちょっと材料が揃うなら、焼おにぎりを作ってみたいなとイリスはふと思う。夜食に食べるあの味が好きだった。
 イリスは複雑な笑みを浮かべて、軽いため息をついた。

 * * *

 イリス・トリーヴェルダの前世の一生は短かった。享年十九歳。
 生まれ変わってしばらくしてから前世のことを思い出したものの、記憶の細かいところは朧気だ。名前も忘れてしまった。
 日本のどこにでもいる、ごく普通の男子大学生。

 小さい頃から家庭環境が良くなかったため苦労して、歳の離れた弟の面倒をよく見ていた。腹を空かせた弟のために、家にある食材で料理を作ってやっていたことは覚えている。
 前世もさほど気に病まない性格だったので、そういった理由で自炊をするのは苦ではなかった。食べるのが好きだったということもある。
 特別料理の才能があるわけでもなく、誰でも作れるようなものしか作れなかったが、楽しかった。芋がごろごろ入ったカレー、焼おにぎり、アレンジを加えたインスタントラーメン。

 今思えば、もっと洒落た料理にも手を出しておけば良かったのだが。
 大学に進学して寮に住み、料理の本を買って読みこみ、これからはもっと自炊の腕を磨いていこうと気合いを入れていたところ、不慮の事故で一生を終えてしまったのだった。
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