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01 いらない子
しおりを挟む神殿からの使者の話を要約すると、つまりはこういったことらしかった。
――トリーヴェルダ伯爵家の男子を一人、聖なる山に住まう聖獣の守護騎士として向かわすべし。
血相を変えたのは、当主の伯爵ヴァーレッド・トリーヴェルダとその妻マデリンだった。
「とんでもない! 絶対に、うちのアルベルトをそんなところには行かせませんよ! アルベルトは王城でも期待されている騎士なのです!」
伯爵夫人は色をなして首を振る。
応接室では、伯爵夫妻と使者が向かい合って話をしている最中だった。
彼女がここまで激高するのはいくつか理由があった。アルベルト・トリーヴェルダは王都で誉れ高き騎士団に入団して評判が良く、夫妻の自慢の息子であった。王家からも一目置かれるほどの活躍を見せており、将来を嘱望されている。公爵家の令嬢に見初められており、ゆくゆくは婚約するつもりで話も進められているのだ。
身分は違うものの、それほどまでにアルベルトは皆から功績や人格を認められている若者なのである。
「しかし、聖獣の守護騎士も誉れある仕事です」
なだめるように神殿の使者が言うと、「どこがですか!」とマデリンは激高する。
同じ騎士でも雲泥の差である。
聖獣? 山奥でのそのそ暮らして、何をしているのか、何のためにいるかもわからない獣に仕える仕事のどこが名誉なのか。
聞けば守護騎士の家の選定は、神殿での占いで行われたというのだから馬鹿げている。どうしてトリーヴェルダ伯爵家が選ばれなければならないのか。
マデリンは占いだとか聖獣だとか、そういう胡散臭いもの全般が大嫌いなのだ。
「とにかく……」
伯爵は怒り狂う妻を宥めるのに四苦八苦しながら、しかし自身も苦い顔を隠そうともしないで使者に向き直った。
「アルベルトは行かせません」
聖獣の守護騎士に選ばれたなら、聖なる山に住むことになるわけで、当然王城での騎士の職は辞さなければならないし、いつ戻って来れるかもわからない。
そんな辺鄙なところに、優秀な息子を送り出すことなど出来るはずがなかった。その話を受け入れるということはすなわち、息子の未来を潰すことに他ならないからだ。
「そんな聖獣なんて、ほうっておけばいいんだわ!」
「そうもいかないのです。聖獣は現在弱っているらしく、守る者がいなければ、この先どうなることか……」
「ですから、そんな獣なんていっそのこと……!」
妻が口にしてはいけない言葉を吐こうとしたのを察して伯爵は咳払いをする。
「どうしてもうちのアルベルトでなければならないのですか」
「そうです。トリーヴェルダ伯爵家から向かわせることは決定したのです。条件は、トリーヴェルダ伯爵家の若い男子。アルベルト様以外いらっしゃらないでしょう」
そこでふと、妙な沈黙が落ちた。
夫妻が無言で目を見交わす。少しの間、声にならないやりとりがなされたようだった。
「……おります」
その答えを聞いても、使者は驚かなかった。手元にある資料の紙をめくる。
「『ご長男』の話をされているのですか? しかし、イリス・トリーヴェルダ様は幼い頃からご病気により療養中だそうではないですか。調べたところ、領地内でも、お付き合いのある方々の間でも、ご子息イリス様の顔を見た者はいないとのことですから、相当容態はお悪いのでしょう。守護騎士など、務まりますまい」
「イリスでもよろしいのですか?」
尋ねたのは伯爵だ。感情のこもらない声音に、使者は眉をひそめる。
「ですから、ご病気であれば……」
妻マデリンの方が無言でベルを手に取り、執事を呼びつける。命令を受けた執事はすぐさま下がり、誰かを連れて戻ってきた。
「失礼いたします」
応接室に入って来たのは、あどけない顔をした一人の青年だった。年齢は十五か六といったところだろう。小娘みたいに体は小さくて細い。大きな目には不安が宿り、華奢な体をどこか縮こまらせるようにして立っている。
これは一体誰だと、問いかけるような視線を使者は夫妻へと向けた。
現在騎士として働いている次男アルベルトは二十二歳になる。その兄であるイリスは二十三だ。
「イリスです」
きっぱりと夫人が言うので、使者は目を丸くする。
「まさか」
そんなやりとりを眺め、イリスは困惑しながらも精一杯の微笑を浮かべ、使者に向かって挨拶をした。
「イリス・トリーヴェルダと申します」
そしてマデリンはその子を一瞥してから言い放った。
「その子でいいのであればそうしてください。我が家には不要な子ですから」
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