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11、助けられてます

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 バルコニーからの眺めはなかなかよかった。爽やかな風が吹き、遠くに広がる平原は青々としている。どこも焼け野原になり、草木も黒く燃え尽きたはずだが、しばらくするとこうして元通りになるのだ。
 今日もいい天気だった。快晴で、綿雲が浮かび、青空が目にしみる。季節は――初夏だろうか。

 こうした穏やかな景色を落ち着いて眺めてみると、どういう気持ちになればいいのかわからなくなる。

「食い足りねー、夕食までもつかなぁ。エデル様も腹が減ったら言ってくださいよ。またかっぱらってきますから」

 ウォルフは怠そうにバルコニーの手すりにもたれて、空腹を嘆いている。袖をまくった腕が目に入った。彼の両腕の上腕にくっきりと縫い目があるのが気にかかった。

「君とユリウスの出会いを聞いてもいいか?」

 自分と離れていた時のユリウスがどう過ごしていたかが知りたくて、そんなことを尋ねた。
 ウォルフは手すりに頬杖をつき、昔を思い出すように目線を上げた。

「それほど長い付き合いでもないんですよ。俺はユリウス様に拾われたんです。別の魔人の下で働いていて、いろいろあって俺がしくじったことになっちゃって。手足を切り落とされて捨てられるとこだった。まあ、ゴミっすよ。いらないからゴミとして捨てるんだけど、その前にうんと痛めつけて絶望させてやらなくちゃならないから、切ったんです」

 人間もそういった残虐性を持ち合わせている者が多いが、魔人は特にそこが顕著である。だがそれを非難されることは少なかった。それが彼らの通常の性質だからだ。
 四肢を切断されたウォルフが捨てられる寸前、現れたのはその頃一帯で頭角を現しつつあった黒角、ユリウスだった。

 ――そいつは、ゴミなのか? いらないなら俺が貰う。

 そう言って、ユリウスはウォルフを抱き抱えて連れて行ったそうだ。
 何故助けるのかと聞けば、お前はまだ使えそうだし、それに、可哀想だから、と答えたという。

「絶対馬鹿にされてんだろうと思ったんですよ。だってそうでしょ? 魔人の言う『可哀想』なんて、蔑み以外で使いませんからね、普通。けどユリウス様は変わってるから、マジで俺を哀れんだらしくて」

 黒角の青年の噂はウォルフも耳にしていた。気紛れに引き取られて、粉砕でもされるのかと思っていたが、そうではなかった。
 驚くことにユリウスはウォルフを助けたのだ。新しい腕と足を調達して与え、動けるようになるまで面倒を見たという。

「信じられない話ですけど、俺が歩けるようになるまで、訓練にも付き合ったんですよ。手をとってこう、『ほら歩けよ』って引っ張って。半分くらいは『面白いな』って興味本位だったみたいですけどね。でも、ああいうことする人は珍しいです。ここだけの話、俺はだいぶ引きましたね」

 その甲斐あって、ウォルフは以前と同じように動けるようになったそうだ。元々能力が高かったのだが他人のしくじりを押しつけられて責任を取らされたのだというから気の毒な話である。
 そんな昔話を、エデルは黙って聞いていた。

「あなたでしょう? ユリウス様に、『可哀想』の意味を教えたの」

 ウォルフに指摘されて、いくつかの記憶がよみがえってくる。
 飼っていた馬が死んで埋めてやった時に、可哀想だな、とユリウスに話したことがあった。ユリウスは初めその意味が理解できないようだったが、少しずつそのことについてよく考えてみたらしい。

 魔人は利己心が強いので、哀れみなどを感じないだろうと言われていたが、ユリウスはそうではなかったようだ。
 自分に何の得がなくても、怪我をした村の子供の手当てをしてやり、傷ついた動物を助けてやったりもした。

 ――痛そうだったので、痛くないようにしてやった方が、いいかと思って。可哀想でしょう? 痛いと。

 ユリウスはそう言っていた。

 ――俺も痛い時、ご主人様に助けていただいて、嬉しかったから。

 その時エデルは、ユリウスは化け物などではないと改めて確信した。話が、心が通じる。半分は人間なのだし、もう半分が魔族であったとしても、魔族にだって情けというものを芽生えさせることができるはずだと思った。

「だから俺、間接的にエデル様にも助けられてますよね」

 ウォルフが笑う。

「いや……。私は関係ない。あの子が自分で感じて、そうしたことだからな」

 ユリウスはいつだって優しかった。聞き分けが良くて、エデルを困らせたことは少なかった。

「君の腕を触ってもいいかな、ウォルフ」
「全然いいっすよ」

 エデルはウォルフの腕をさすった。ユリウスが助けた男の体。ユリウスの善行の証であるようで、少しだけ誇らしかった。自分が導いたと思っているからではない。
 ユリウスが己の手で誰かを助け、その誰かがユリウスの力となる。そういうことができる子を、昔従者としてそばに置いておけたという事実が誇らしかったのだ。

「わあ。やっぱ人間ってあったかいんですねぇ。俺はあんまり人間と関わったことがないから……」

 そう言って物珍しそうな目をして、ウォルフはエデルの手をとろうとした。しかし次の瞬間、ぎょっとして後ずさるからエデルは驚いた。

「あ……すまない。やはり人間に触られるのは嫌だったか」
「じゃなくてですね」

 若干青ざめながらウォルフは辺りを見回している。

「あぶねー。こんなとこユリウス様に見られたらえらいことになる」
「何故だ?」

 ぶるっと身震いしてウォルフは声を潜めた。

「あなたに変なことしたら、もう一度手足を切り落とすって言われてるんですよ」
「変なことって、触っただけで……」

 それも、手である。
 わざわざ時間をかけて助けた者を、その程度のことで処分しようとするだろうか。というような疑問を口にすると、ウォルフが胡乱な目で見てくる。

「エデル様。俺達、魔人ですよ」
「……そうだったな」

 エデルは脱力した。ユリウスとウォルフの出会いの話に感動したのだが、ここは彼らの世界であるということをつい失念していたのだ。
 誰かが誰かのどこかを切り落とすなんて日常茶飯事なのである。通常の魔人より慈悲深いユリウスだが、ここまでのし上がってきたのだから残虐行為に抵抗があるはずがない。やる時はやるだろう。ライムの訴え、ウォルフの怯え方、そして本人の発言がそれを物語っている。

「あの人ねぇ、本当にあなたのこと、大切みたいですから。ユリウス様の全てみたいですよ、エデル様って」
「……そうか」

 見つからないかもしれないと思い始めた頃のユリウスは自暴自棄になり始めていたのだとウォルフは語る。有力な情報を得ても半信半疑で、また空振りに終わるのではないかと期待していなかったそうだ。
 エデルを得てから見違えるほどユリウスが元気になったので、皆喜んでいるという。

(それほどあの子は、私のことを……)

 そうやってこの世界で、まだエデル・フォルハインのことを覚えていて、思い出を大切にしてくれている存在がいたという事実は、エデルにとって数少ない救いの一つに思えた。
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