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亡霊と夢に沈む白百合
21、共に滅びる
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リーリヤが連れて来られたのは、洞窟のような場所だった。伯爵が言うには、隠れ家なのだという。彼の付き人も何人か見かけた。
地上は混乱に陥っているらしく、伯爵はお尋ね者だ。当分は外に出られないとぼやいていた。
あらかじめこの場所は用意されていたそうで、かなりの設備が整えられている。記録魔である伯爵はここでも書き物をするのを欠かさず、その記録したものは念の為別の場所へと付き人に移動させていた。
リーリヤの役目は、当初予想した通り、伯爵の慰み者だった。そのつもりであったし、抵抗もなかったのでリーリヤは特に感情も動かさずに彼を慰め続けた。
元々嗜虐嗜好を持つ伯爵は時には口枷を装着をさせたり縛りつけたりもしたが、基本的に暴力は振るわなかった。
どれだけ刺激を受けても反応しないリーリヤのそれを愛撫しながら、これは怒張していない時の方が美しいから、と励ました。
陽の光が入らない場所なので、昼か夜かもわからない。リーリヤはただ伯爵の言うことだけを聞いて、彼に従って過ごした。
さほど不快な日々でもなかった。何よりこうして彼が側にいることで、ノアや他の者達が危害を加えられていないとはっきりする。
「君の血液が少しほしいんだが、貰ってもいいかね?」
「どうぞ、貴方のお好きなように」
伯爵は研究者でもあったから、リーリヤの血に興味を抱いたらしい。リーリヤの腕を切り、三つの瓶が満たされるほどの血を採取した。
それはかなりの量で、傷も大きく、リーリヤは貧血を起こして横にならざるをえなくなった。
「血が止まりにくいのです。そういう体質で」
「では、いろいろと血止めの薬を試してみようか」
伯爵は実に優しく、手当てをした。その手つきを見ていると、真実リーリヤを慈しんでいるかのようだ。
しかし、それが偽りだとリーリヤも知っている。
一種の実験なのである。彼はどうすれば籠絡出来るか考えているのだろう。身も心も支配する行程を調べている。
リーリヤのような気弱な青年は、優しく接してやれば心を開くと考えているのかもしれない。
実際、それは多少「効く」。
演じているものだと承知していても、心地良く感じてしまう時があるのだ。自分を失うのも時間の問題かもしれない、とリーリヤは思う。
リーリヤには彼が血で何をしているのかわからなかったが、伯爵は血と他の液体を混ぜたり、実験動物に与えたりしていた。
「どうも、君の血は解毒作用があるようだね」
「解毒?」
「そう。毒を与えたネズミに君の血を飲ませると回復した」
記録をつけながら、実験結果を伯爵は語る。だが、調べたところリーリヤの血はそれくらいの力しかないようだった。万能薬のように傷を治すわけでもないし、血なんて大量に誰かに与えるのも難しいから、結局大した価値もなさそうだ。
自分の血液がちょっとした薬になる、という程度の事実は、リーリヤを大して慰めなかった。だが伯爵は、面白い、と笑っている。そういう血を見たのは初めてなのだそうだ。
「もっとよく調べれば、君の血には別の効果があることが判明するかもしれないな」
白い歯を見せて微笑むと、伯爵は瓶に入ったリーリヤの血を一息で飲み干した。そんな光景を見たリーリヤはぞくりとして震える。
「……血というものは誰の体にも流れている。命の流れであり、祖から脈々と受け継がれる情報もこめられている」
伯爵は口元を手で拭った。
「私の父親は、先日リトスロードによって殺された大公殿下だ。母親の女は身分が卑しくて――というか、忌まわしくて、とても娶れなかったんだね。だから私は大公殿下の息子だと、公にはされなかった」
母親の女というのは、大陸出身ではなかった。海を渡った島国の出身で、呪術師だったという。器量がそこそこだったため、戦の戦利品として大公の元に届けられた。
「女は、三千三百三十三人の人間を殺して呪術の力を手に入れた。すごい数だ。なかなか一人で殺せるものではない。それも、まだ若かったというからな。夥しい量の血が流れ、そこから女は呪いの力を汲み取って己のものにしたんだ。わかるかね? 私の体には、数千人の怨念が流れているんだよ」
リーリヤは寝台に横たわりながら、伯爵の話を空恐ろしい気持ちで聞いていた。嘘とは思えぬ内容だった。むしろしっくりくるくらいだ。
彼は生まれつき狂っているようだったから。
「女の呪いの力は強力で、大公殿下は利用しようとしたのだが、女自身が呪いに耐えきれなくて死んだ。私はその力を受け継いでいて、随分期待されたものだよ。そして期待には応えてきた」
別に誉められたかったわけではない。人を殺すのはわりかし好きで、やり方を工夫するのが趣味の一つでもあったから励んだまでだと言った。
「結局私の力は継いだものだった、母親の女からね。血というやつは不思議だな。自分の希望で変えられるものではないし、逃れるのは不可能だ」
それは、わかる気がした。
リーリヤもアンリーシャの血に悩んでいたから。流れているはずで、しかし大事なものが含まれていないその血のことを。
「なんだかね、リーリヤ。君は特別な子である気がするよ。君が一族の中で変わり者なのは、特異体質だからなのかもしれない」
「そうは思えません。私は皆より何もかも劣っているし……」
「特異体質の代償とも考えられる。たとえば、そう……歳をとらない、とか」
そうだ、そうだ、と伯爵は頷いた。自分の考えが気に入ったらしい。
「君は美しい。その美しさが損なわれるなど、どうしても信じられないな。君は歳をとらないのかもしれない」
リーリヤにはぴんとこなかった。今まで特に異常もなく、十七になるまで普通に成長してきたのだ。歳をとらなくなるなど想像がつかないし――あまりぞっとしなかった。
このまま長生きしたところで何の得もなさそうだ。
「綺麗な君を、ずっと側に置いておきたいな。リーリヤ、君は私の近くにいるべきだ。いなくなってはいけない」
伯爵は何度もリーリヤの額に、頬に口づけを落とした。
「君は私のものだ。逃がさないぞ」
この頃、伯爵は少しずつ精神の均衡を崩していっているらしかった。命を狙われているせいか、こんなところにこもっているせいか、それとも呪術を使いすぎた代償か。
元より静かに壊れていたが、その壊れ方が顕著になりつつある。
昨日、どこかから仕入れた人間を彼がさばいていたのをリーリヤは知っていた。研究なのだという。
「一つの血族だけではない。いずれは多くの人間を操ろう。世界の大半をものに出来るだろうな」
「そんなことは、およしになられた方がいい」
リーリヤのまともな道徳心が、余計なことを言わせた。
途端に伯爵の手がリーリヤの白い喉を締め上げる。
「あっ……ぐ」
「黙りなさい。君は、ただの百合の花だ。喋らなくたっていい」
「伯……さ、ま……っ!」
気が遠くなったところで解放される。涙をこぼして咳きこむリーリヤの背を、伯爵は何度もさすった。
「怖かったかね? 殺しはしないよ。私が君を殺すわけがないだろう。こんなにも君を気に入っているのだから。でも今日はお喋りをやめてもらおうか。それに、お仕置きも必要みたいだね」
リーリヤは口枷をつけられるのを無抵抗で受け入れた。機嫌を損ねるようなことをすれば、こういう仕打ちを受けるのはお決まりの展開だ。
「愛しているよ、私のリーリヤ。白い百合」
多分に偽りがこめられているとしても、自分を愛していると言う人を、本気で突っぱねられるほど、リーリヤは心が強くなかった。
この男の意のままになることに慣れてきている。側にいるべきだと思わされる。
――この人は――ただのリーリヤを――愛して――くれている。
リーリヤは伯爵と繋がりながらうめき声をあげ、恍惚としていた。自分が間違っていると知りながら、その背徳感が快感に変わる。
これでいいんだ――これで。私はこの人と共に滅びるんだ。
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