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亡霊と夢に沈む白百合
11、不思議な一族
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アンリーシャは、とある土地に長くひっそりと住み続けていた。特別な種族を遠い祖先に持ち、迫害の歴史を背負っている一族であった。
強い魔力を持つアンリーシャを頼って次第に弱き人々が集まり、アンリーシャは彼らを守った。するといつしか称えられ、まるで領主のような存在となっていく。
人目を避けていたアンリーシャとしては抵抗があったが、今更人々を捨てて移動も出来ない。混乱の時代、いつ戦火が飛び火するかもわからなかった。アンリーシャはその力でもって集った人々を守り続けた。
分家はいくつかあったが、本家と行動を共にしているのは一つの家だけだった。
アンリーシャは決して目立たないよう生活していたが、度々敵を退けていくうちに噂は広まっていく。どうしたって、人の口に戸は立てられないものだ。
――あそこの土地に隠れ住む一族は不思議だ。美しくて強い。男ばかりが生まれるらしい。しかもそれを産むのも、男。
物珍しいものを好む貴族の耳に届くのは、そう時間がかからなかった。何せ貴族は権力と金を持ち、面白い遊びに飢えている。
平らかでない世の貴族というのは、大概が残酷で危険であった。
トル・ファラエナ伯爵は、大公の隠し子でないかともっぱらの噂だった。
エンデリカ大公国の大公フェンティアールは、大陸北西に位置する帝国と近しい存在であるグレンディン国国王の弟だ。
フェンティアールは戦好きで残虐な男として知られていた。ある都市に、その土地は自分の一族が所有していたものだったと突然主張を始めて攻め入り、陥落させて腰を据えた。
とにかく欲しいと思ったものは強奪し、理不尽な理由を振りかざして悪虐の限りを尽くすこの大公に、兄であるグレンディン国国王も頭を悩ませていた。
トル・ファラエナ伯爵はこの大公国に住んでいた。人付き合いを好まず交友関係は広くなかったが、才能ある魔術師として一目置かれる存在ではあった。大公が仕掛けた戦争に参加し、勝利を収めるきっかけを多く作って功績も認められている。
ただ、どことなく不気味だと周囲から避けられているのも事実だった。
ファラエナ伯爵は銀山と銅山を所有している。軍需品製造に必要な為、当時金属の需要は高まっていた。国策もあり、産銅事業を牛耳っていたファラエナ伯爵家は特に懐が豊かであったという。
彼は銅山を持っていたということの他に、髪の色が美しい赤銅色で、人々の間で伯爵と銅は強くイメージが結びついていた。そしていつしか、赤銅伯爵と呼ばれるようになった。
「面白い奴がいるという」
大公は伯爵を呼び出して、森の奥に暮らしているという妙な一族の噂を喜々として語った。大公は好事家であり、珍しいものや面白いものを次々と取り寄せるのが趣味の一つでもあった。
海の向こうの国にいる鳥や猛獣の剥製だとか、東国の織物、珍味、宝石、奴隷。大抵は手に入れると興味を失ってしまうのだが、近頃は奴隷に執心しており、連れて来ることが可能であれば気に入った人間はすぐに捕らえるよう命じている。
「アンリーシャとかいう名前らしい。この国の近くに住んでいるそうな。かなりの美形だそうだぞ。だが、『凶暴』だという話でな。どうだ、ファラエナ伯爵よ。そいつらを奴隷にしたら愉快ではないか? 腕が立つなら戦に出そう。我が国はもっと強くなる」
ふふん、と笑って大公は指にはまった指輪に輝く大ぶりな宝石を眺めている。そばに控える伯爵は、膝ををついて黙って聞いていた。
「私の許可もなしに、近くに住んでいるなんて気に食わぬではないか。ああいう存在は早めに手を打っておくべきだな。忌々しいリトスロードが、支配地を拡大していると耳にした。もしアンリーシャとリトスロードが手を組むようなことになれば厄介であろう」
リトスロードは氏族であり、領地は大公国の東にある。魔石と呼ばれる、魔力に関係する特殊な石が発掘される鉱山をいち早く見つけて管理していた。
彼らの支配している一帯は「リトスロードの地」と呼ばれているが、そこから名乗ったのではなく、一族の名が土地の名となったという。なんでも、とんでもなく古くから続く家なのだそうだ。
大公は気に入らぬといって何度か突っかかっていったが、リトスロードはやんわりと脅して引き下がらせた。
伯爵から見て、大公国はリトスロードにはかなわないという確信があった。全面戦争になれば、あっという間に滅ぼされるだろう。一つの家に過ぎないものの、あまりにもリトスロードは強かった。
リトスロードは好戦的ではないために、勝算があっても極力戦争になるのは避けたいらしかった。それは周囲との微妙な力関係もあり、大公国の後ろにはグレンディン国、その後ろには帝国もいるというのを気にしているのだろう。
大公はリトスロードの魔石鉱山を欲しがっている。いずれは同じ目的の帝国と手を組んで奪い取るというのが彼の計画だ。だが今のところ、そこまで太い関係を結べてはいなかった。
「ファラエナ伯爵よ。お前の力をもってすれば、アンリーシャごときを奴隷にするなど容易いだろうな」
「おそらくは」
そう答えると、大公は相好を崩して喜んだ。
「そうだろう、そうだろう! 期待しているぞ。ここへ連れてこい」
「それはお約束が出来かねます」
「何故だ?」
「危のうございますから。まずはそのアンリーシャをよく教育しませんと。精神までを服従させるのは難しいのです」
大公は口髭をひねる。
「まあ、よいわ。お前に預けよう。我が国で確保できていればいい。その中で無害そうな者がいれば、私に献上せよ」
「御意に」
臣下の礼をとり、ファラエナ伯爵は大公のもとを去った。
実を言うと伯爵もその噂は耳にしており、気になってはいたのだ。
彼自身の風聞に関して言えば、事実であった。ファラエナ伯爵は大公と血の繋がりがある。父にはない、魔術師としての才能を受け継いでおり、顔もほとんど似てはいなかったが、趣味だけは似通っていた。
美しく強く、ひっそりと暮らしているというアンリーシャという一族に興味が惹かれた。
――見てみたい。
――欲しい。
一度そう思うと酷く執着するのは、親子揃ってこれもまた似ていた。
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