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亡霊と夢に沈む白百合

8、行方

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 * * *

「俺もとんだ間抜けだぜ。自分を殴って解決するなら何発でも殴ってやりたいな」

 長嘆息をつき、長椅子に座るレーヴェは低い卓に行儀悪くも足を乗せる。リーリヤがいたなら、やんわりと叱られるだろう。

 こんなことになるなら、何日かアンリーシャの館に泊まるべきだった。あれは虫の知らせだったに違いない。
 レーヴェが館を訪ねてから、三日後のことだったという。前回の訪問から一週間経ってまた顔を出しに来たので、リーリヤがさらわれてから四日だ。

「何でさっさと連絡しないんだよ」
「すいません……」

 クリフは悄然とうなだれている。レーヴェがこうしてここに来なければ、事態を把握するのはもっと先だったかもしれない。
 広間に集まった他の使用人達とクリフは、目を見交わした。一人残らずやつれている。

「とりあえず、我々で行方をさがそうとしたんですが……」
「それで、何かつかめたのか?」
「……いいえ」

 レーヴェはまたため息をついた。

 クリフを責めるつもりはない。本心は「一秒でも早く俺に言えよこの野郎」と憤りもあったのだが、リーリヤは上手にここの使用人をそれとなく教育しており、彼らは無意識のうちに逆らえなくなっていたのだろう。おっとりとした見た目に反してあの男はなかなかしたたかなのである。伊達に数百年生きてはいない。

 リーリヤの身を案じているのはクリフ達も一緒だ。
 相手は魔法を使っていたようだから、魔術師だろうとの話だ。
 自分がその場にいれば、有無を言わさず叩っ斬ってやったのになぁ、とレーヴェは額に手を当てた。

 クリフによると、相手の顔には見覚えがなかったらしい。その時の会話を再現してもらい、考えてみたのだが、リーリヤは何か心当たりがあるようだ。私のことは殺さないと思いますよ、とは、何かしらの根拠があっての発言だろう。
 血。リーリヤの血か。それが狙いだったのか?

「赤銅伯爵ってそいつらは言ったんだったな」
「ええ」
「知らねぇなー」

 伯爵と呼ばれているからには貴族だろう。しかしレーヴェの知る限り、そんな呼ばれ方をしている伯爵はいない。

 そもそもレーヴェに国内貴族の知識などほとんどないので、いないとは断言できないが。有名どころでもない限り、覚えていられない。
 アンリーシャの白百合との呼び名を知っているので、向こうはそれなりに事前に調べているのだろう。

「それと、気になる話があるんですが。うちにやって来た木こりから聞いたもので、ある町に現れた医者についてです」
「医者?」
「はい」

 よく聞く薬を持っていたその医者は、どういうわけか「赤銅の貴公子」と呼ばれていたという。
 赤銅の貴公子。赤銅伯爵。どちらも初めて聞く。
 時期的にも、偶然ではないような気がした。

「俺の勘だけど、相手は変態だな。あの手の綺麗な顔した男には変な虫が付きがちなんだよ。俺の周りはみんなそう」

 ノアといい、同僚の魔術師フィアリスといい、リーリヤといい、繊細な美術品のような美しい顔立ちをしているせいか、変な輩に目をつけられやすいのである。手に入れたいとか手放したくないとか、そういう気持ちを引き出す、魔性に近い美貌を持っている。だから危ないのだ。

「お前らも引き続きさがせ。俺も俺でさがすから。それで何か手がかりがあったら教えてくれ」

 情報が少なすぎて、どこをあたればいいのか今のところはどうにもならない。一度考え直す必要がありそうだ。
 席を立つレーヴェを、クリフが心配そうに見上げる。

「あの……ノア様には、やはり報告するのでしょうか」
「そりゃするだろ。俺の馬鹿な頭で考えるより、あいつの知恵借りた方が早いからな」
「そうですか……」

 クリフはうつむいている。
 レーヴェは先ほどクリフから聞かされたことを思い出して口をへの字に曲げた。

 ――リーリヤは、自分のことでノア様に心配をかけるのが一番嫌なんです。

 それはまあ、わかる。リーリヤにとってはノアが全てなのだ。言ってみれば我が子も同然だった。離れる時に、私のことは忘れるようにとノアに忠告していた彼だから、悩ませる原因になるなんて我慢ならないのだろう。

「わかってるよ、俺も。けど、リーリヤに万が一のことがあってみろ。ノアが後々知って、『隠していただきありがとうございました』って淡々と礼を言うと思うか?」
「ノア様は侯爵家のお仕事が大変だと聞きました。動けないのではないですか?」
「俺が動くからいいんだよ、それは。まずはあいつに知らせないと」

 どれが最善で、誰が間違ってるとか、そんなことははっきりと決められない。ただクリフはリーリヤの気持ちを尊重し、レーヴェはノアの心を慮っているだけだ。

「必ず見つける」

 レーヴェはクリフ達にそう約束した。リーリヤの発言を信じ、まだ生きていると期待を持つしかない。
 もし敵を見つけたら、問答無用で討とうとレーヴェは決めた。
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