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亡霊と夢に沈む白百合

6、謎の男達

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 * * *

「リーリヤは亡霊って見たことがありますか?」
「ないですね」

 女神教の教えによれば、肉体を離れた全ての魂は天と地を巡り、原初の光へ還っていくという。なので、亡霊は存在しないことになっている。
 ただ大陸全土に広まる女神教も、宗派は分かれており教えの解釈は数多ある。
 この国の人々も、学者やよほど信心深い者でなければ教義を深くは理解しておらず、亡霊というものを信じている者は多い。

「長く生きている間、一度もですか?」
「一度もですよ、クリフ」
「見たという人はたくさんいますよ」
「私の経験では、ほとんどが見間違いですね。信じているから見えるんです」
「信じていない人は見ない?」
「そういうものです」
「そうかなぁ」

 クリフは納得がいかないようである。
 リーリヤとクリフは館を出て、湖の方角を目指していた。もう日暮れである。
 何やら鳥が騒ぐので、気になって様子を見に行くとリーリヤは言ったのだ。それについて行くと言い張って一緒に出てきたのがクリフだった。

 足の具合が悪いのだから歩かない方がいいとクリフは主張する。治るまで休んでいたら、足が萎えると嘆息してリーリヤは押し切った。
 大体、馬で行くのである。ほぼ歩きはしない。

「もし死んだ人が目の前に現れたら、リーリヤはどう思いますか?」
「相手によりますね。会えるなら会いたい人もいるし ――会いたくない人もいる」

 しかし自分は亡霊の存在を信じていない。だから会うはずがない、と思っている。
 湖までは行かず、見晴らしのよい崖まで行って辺りを見回して帰る予定だった。

「ところで話は変わりますが、魔術師は杖を出現させたり消したりするでしょう?」

 とリーリヤが言った。

「そうですね。ノア様はあまりお使いにならなかったですけど」

 アンリーシャは魔術師ではあるが、いわゆる魔術師らしい格好はせず、杖もほとんど用いない。彼らが使うのは魔石で作られた特別な手袋だ。
 二級石でも扱える者が少ない種類の石があるが、その中の繊維状の魔石をアンリーシャは術によって加工する。それが魔石のはまった杖代わりとなるのである。

「必要な時だけ出せるのは、便利だと思いませんか? たとえばこういう弓だって、いちいち持ち運ばなくて済む」

 リーリヤは携えてきた武器を顎で指した。

「研究している魔術師はいるそうなんですよ。杖だけでなく、他の物も、消すまではいかなくても、ごく軽量化する方法だとか」
「そうなると、何かと楽だなぁ」
「まだ実用化には至らないみたいですけどね」
「どこでそんな情報を耳にしたんです?」
「それは……」

 二人馬を並べて話をしていた時だった。

「リーリヤ様!」

 幼い声がしてそちらへ顔を向けると、村の子供が草木をかきわけて走ってくるところだった。

「どうしたのです。この時間に森に入ってはいけないと教えられているでしょう」

 少女はばつの悪そうな顔をしたが、すぐに必死な形相で声をあげた。

「ニーナがいなくなったんです! 一緒に遊んでいたんですけど、途中から姿が見えなくなって……さがしてるけど見つからなくて、呼びかけても返事がないの」

 リーリヤは目を細めた。

「あなたは帰りなさい、キヤラナ。私がさがします。クリフ、この子を送ってあげて下さい」
「キヤラナ、一人で帰れるか」
「クリフ」
「あなたを残して行けるわけがないでしょう」

 苛立ちのこもった声は一歩も引かないと訴えている。ひとまず少女を村の近くまで馬に乗せて送り、すぐにニーナの捜索を始めた。

「狼は前に脅したので、この辺りまでは来ないはずですが……」

 日没前には見つけたかった。
 もうすぐ湖だというところまで来た時、二人は顔を見合わせる。
 何か気配を感じた。それも、かなり妙な。口では何とも説明しにくいのだが、簡単に言えば「普通ではない」。

 馬を降りて足音を立てないよう、リーリヤとクリフはその気配の方に接近した。矢筒から矢をとり、すぐに放てるように準備をしておく。クリフも剣を抜いていた。
 相手は獣ではなさそうだ。おそらく人間、それも――複数。

 しばらく木立に身を隠していたが、向こうが動きを見せる様子はなかった。
 待ち構えているのかもしれない。いつまでもこうしていても、埒が明かない。
 リーリヤとクリフは目顔で確認し合い、一歩を踏み出した。リーリヤが弓を引き絞る。

 湖の手前には、木の空けた場所がある。そこに見慣れない赤茶けた色の馬車が停まっており、黒い服を着た男達が四人ほど立っていた。そして彼らの一人が抱えているのが――。

「ニーナ!」

 叫んだのはクリフだ。
 リーリヤは矢をつがえたまま、馬車に目をやった。こんなところに馬車があるのを見るのは初めてだ。何せ、山道は険しいところもあり、道は狭く、馬車など通れない。

 魔法か、とリーリヤは心の中で呟いた。非常にまずい展開になってきた。自分もクリフも魔法は一切使えない。相手が魔術師となると、勝ち目はなかった。

「アンリーシャの白百合、リーリヤだな」

 ニーナを抱えた男に声をかけられ、その瞬間リーリヤは半ば諦めを感じながら、顔には出さずに「ええ」と返事をした。はっとクリフが息を飲む。余所者の口からリーリヤの名が出たことなどないからだ。

 アンリーシャの白百合は、ことさら秘された存在ではないものの、暗黙のうちに関係者の誰もが外でその名を口にしないよう心がけていた。リーリヤも外で名乗ったことはほぼない。

「その子は無事ですか」
「眠らせただけだ」
「では、返していただきたい」
「条件がある」
「聞きましょう」
「我々と一緒に来るのだ、お前が」
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