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亡霊と夢に沈む白百合
2、子供
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「別のところで何かしらしてもいいんじゃないのか?」
何とも漠然とした提案にリーリヤは笑う。
「私はここから離れるつもりはありませんから。主はいなくなり、もう戻ってもきませんが、アンリーシャの館を建ててくださったのはかつてのリトスロードのご当主です。アンリーシャにとって大切な贈り物ですから。生きている限りは私が管理していくつもりですよ」
アンリーシャ一族の者は何百年もの昔にいかれた貴族に飼われて虐げられていたそうで、それを救ったのが当時のリトスロードの当主だったという。人目につかないこの地を選び、住まわせたのだ。
「別の場所でしたい仕事はないのか?」
「ありませんよ。それにですね、私はこんななりでしょう。目立ってしまいますから、山奥にこもっているしかない」
確かに神秘的な見た目で、人の集まるところでは暮らしにくいかもしれない。外見も並み外れて美しい。美しさとは、それ自体は賛美される良きことではあるが、悪いものも呼びこんでしまうのだ。本人には何の罪もないものの仕方がない。
「私は、アンリーシャの子を育てるくらいしか出来ることもありませんし」
「……………」
レーヴェは思わず黙り込んだ。
そう、リーリヤの仕事はそもそも昔から一つきりなのだ。アンリーシャ本家に生まれた子を育てる。それがリーリヤの役目であり、彼は何人もを育て、侯爵家に送り出してきた。
ノアが子供を産めば、リーリヤがまたその子を預かるのだろう。
だが、ノアはまだそういう予定がない。
レーヴェもノアも、ノアの子供についての話は、この館にいた時のことを除いて、一度もしていなかった。
アンリーシャ直系の男は大体十代か、遅くとも二十代の前半に皆子供を産んだらしい。ノアはもう二十八だ。
ノアがどう思っているかレーヴェは知らないし、これは二人の間で唯一完全に避けられている話題であった。
とりあえず、ノアに妊娠する気がなさそうなのは間違いない。相手をさがしている様子もなかった。肉体関係があるのはレーヴェだけなのだ。
ところがレーヴェも、自分の子供は誰にも産ませないと決めている。だから二人の間に子ができるはずがなかった。
ノアが産まなければ、アンリーシャの直系は途絶える。リーリヤの仕事もなくなるのである。
「えーと……なんだ、その、……リーリヤ、俺は、あのー」
「いやこれは、お気をつかわせてしまいましたね」
リーリヤが微笑みながら眉尻を下げる。
「私はですね、ノア様がお子を産みたくないのなら、それで宜しいと思っているのですよ」
「うーん、あいつは……産みたくないっていうより……」
この件に関してだけは、レーヴェは自分に何かを言う資格はないように思われた。無関係ではないだけに、なおさら。
「でも、あいつが産まなきゃ困るんだろ、この先」
「仮にお生まれになったとしても、無事に育つかわからないのですから同じことです。その子がまた子を産むかどうかもわかりません。今まではたまたま続いただけでしょう」
「途絶えたら、侯爵家の家令がいなくなる」
「その時はその時で、分家の一番優れた者を送りましょう。能力は劣りますが、アンリーシャの血は流れていますからどうにかなるのでは?」
楽観的である。リーリヤは茶を一口飲んだ。
「是が非でもとあの方に言い聞かせたことはありませんよ。ノア様がすべきことは、精一杯働き、侯爵家に誠心誠意仕えることです。それ以外のことは些細な問題です」
そうでもないんじゃねーの、と思っていてもよその家のことでもあり、レーヴェは言葉を飲み込んだ。力や家を継ぐ立場であれば、跡目というのは大きな問題になる。
普通に考えれば、ノアには血を残す責任がある。だが、リーリヤはノアに負担をかけたくないのだろう。そういう男だ。甘くはないが、厳しくもない。四角四面に諭したりはしない。
「何事も、なるようになるものですよ、レーヴェルト様。私のことはご心配なさらず。今の生活に不足はありません。ノア様が務めを果たしているという事実が、私を満たしておりますから。あなたもお悩みになりませんよう。ノア様はご自分のことはご自分で選択しますよ」
レーヴェはしばらく葉巻をふかして、ため息に近い吐息をついた。
「しかし、お前らだけでこんなところに住んでんのは物騒じゃないか?」
ノアは才能ある魔術師なので戦える。けれどノアがいなくなった現在、ここにいるのは戦闘力など持たない庭師や料理人ばかりである。
アンリーシャは強い魔力を受け継ぐ一族だが、リーリヤは全く魔力を操れない。おまけに非力である。
何とも漠然とした提案にリーリヤは笑う。
「私はここから離れるつもりはありませんから。主はいなくなり、もう戻ってもきませんが、アンリーシャの館を建ててくださったのはかつてのリトスロードのご当主です。アンリーシャにとって大切な贈り物ですから。生きている限りは私が管理していくつもりですよ」
アンリーシャ一族の者は何百年もの昔にいかれた貴族に飼われて虐げられていたそうで、それを救ったのが当時のリトスロードの当主だったという。人目につかないこの地を選び、住まわせたのだ。
「別の場所でしたい仕事はないのか?」
「ありませんよ。それにですね、私はこんななりでしょう。目立ってしまいますから、山奥にこもっているしかない」
確かに神秘的な見た目で、人の集まるところでは暮らしにくいかもしれない。外見も並み外れて美しい。美しさとは、それ自体は賛美される良きことではあるが、悪いものも呼びこんでしまうのだ。本人には何の罪もないものの仕方がない。
「私は、アンリーシャの子を育てるくらいしか出来ることもありませんし」
「……………」
レーヴェは思わず黙り込んだ。
そう、リーリヤの仕事はそもそも昔から一つきりなのだ。アンリーシャ本家に生まれた子を育てる。それがリーリヤの役目であり、彼は何人もを育て、侯爵家に送り出してきた。
ノアが子供を産めば、リーリヤがまたその子を預かるのだろう。
だが、ノアはまだそういう予定がない。
レーヴェもノアも、ノアの子供についての話は、この館にいた時のことを除いて、一度もしていなかった。
アンリーシャ直系の男は大体十代か、遅くとも二十代の前半に皆子供を産んだらしい。ノアはもう二十八だ。
ノアがどう思っているかレーヴェは知らないし、これは二人の間で唯一完全に避けられている話題であった。
とりあえず、ノアに妊娠する気がなさそうなのは間違いない。相手をさがしている様子もなかった。肉体関係があるのはレーヴェだけなのだ。
ところがレーヴェも、自分の子供は誰にも産ませないと決めている。だから二人の間に子ができるはずがなかった。
ノアが産まなければ、アンリーシャの直系は途絶える。リーリヤの仕事もなくなるのである。
「えーと……なんだ、その、……リーリヤ、俺は、あのー」
「いやこれは、お気をつかわせてしまいましたね」
リーリヤが微笑みながら眉尻を下げる。
「私はですね、ノア様がお子を産みたくないのなら、それで宜しいと思っているのですよ」
「うーん、あいつは……産みたくないっていうより……」
この件に関してだけは、レーヴェは自分に何かを言う資格はないように思われた。無関係ではないだけに、なおさら。
「でも、あいつが産まなきゃ困るんだろ、この先」
「仮にお生まれになったとしても、無事に育つかわからないのですから同じことです。その子がまた子を産むかどうかもわかりません。今まではたまたま続いただけでしょう」
「途絶えたら、侯爵家の家令がいなくなる」
「その時はその時で、分家の一番優れた者を送りましょう。能力は劣りますが、アンリーシャの血は流れていますからどうにかなるのでは?」
楽観的である。リーリヤは茶を一口飲んだ。
「是が非でもとあの方に言い聞かせたことはありませんよ。ノア様がすべきことは、精一杯働き、侯爵家に誠心誠意仕えることです。それ以外のことは些細な問題です」
そうでもないんじゃねーの、と思っていてもよその家のことでもあり、レーヴェは言葉を飲み込んだ。力や家を継ぐ立場であれば、跡目というのは大きな問題になる。
普通に考えれば、ノアには血を残す責任がある。だが、リーリヤはノアに負担をかけたくないのだろう。そういう男だ。甘くはないが、厳しくもない。四角四面に諭したりはしない。
「何事も、なるようになるものですよ、レーヴェルト様。私のことはご心配なさらず。今の生活に不足はありません。ノア様が務めを果たしているという事実が、私を満たしておりますから。あなたもお悩みになりませんよう。ノア様はご自分のことはご自分で選択しますよ」
レーヴェはしばらく葉巻をふかして、ため息に近い吐息をついた。
「しかし、お前らだけでこんなところに住んでんのは物騒じゃないか?」
ノアは才能ある魔術師なので戦える。けれどノアがいなくなった現在、ここにいるのは戦闘力など持たない庭師や料理人ばかりである。
アンリーシャは強い魔力を受け継ぐ一族だが、リーリヤは全く魔力を操れない。おまけに非力である。
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