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第二部 君に乞う

85、いいじゃん

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 * * *

 ノアは帰宅するなり、旺盛な食欲を見せて料理に食らいついているレーヴェを前にため息をついた。

「呆れますね。病み上がりでよくそれほど食べられるものだ」
「今まで食わなかった分も取り戻さないとな」

 いつまでもやつれてはいられないのである。
 もう三人前以上は平らげているが、まだまだ胃には入りそうだった。リーリヤが料理係に「少なくとも後二人前は用意しておくように」と指示を出している。

 王都から帰ってきたノアは、エデルルークのその後についてを語った。
 トリヴィスは妻のアリエラを精神疾患を理由に離縁し、アリエラは実家の伯爵領に戻ったという。

「ははん、じゃあ叔父上は晴れて独り身、怖いカミさんに怯えず、女遊びもし放題ってわけだな」

 軽口を叩くレーヴェに、ノアは軽蔑の眼差しを送っている。

「いい加減、その軽薄な態度を改めてはいかがですか。向こうがやりすぎたとは言え、あなたは自らの行いのために災いを呼んだのですよ」
「はいはい」

 ノアは皿の中身をかきこむレーヴェにくどくどと説教をした。もちろんレーヴェはろくに聞いていない。
 敵はアリエラだけではなく、エデルルーク一族の中にまだいるかもしれない、と忠告される。だからくれぐれも、反感を買うようなふしだらな行いは慎むようにと言われた。

 そう言われても、レーヴェの中ではどこまでが許容範囲で、どこからがそうでないのか判断がつかない。

「元気になられて何よりですねぇ」

 リーリヤが嬉しそうな顔をして頷いている。

「もう少し寝ていればよかったんですよ。アリエラ様は仕込む毒の分量を間違えたのですね。この人は全く反省していない」

 ノアは、もう巻きこまれるのはたくさんだ、と嘆いていた。

 * * *

 リトスロード侯爵家の家令であり、ノアの祖父、ノスタル・アンリーシャが亡くなったと知らせが入り、ノアはリトスロード侯爵邸へと向かった。すぐに仕事を引き継がなくてはならないそうだ。
 そして、侯爵家の家令となったノアは当分そこで過ごす。場合によっては祖父のように、生涯戻ってこないかもしれない。

「お前がいなくなっちゃうなら、俺はどうしたらいいんだよ」

 子供みたいに口を尖らせるレーヴェを、ノアは冷ややかに見つめていた。

「あなたは王都にお戻りなさい。聖剣の使い手でしょう」
「えー、やだなぁ」
「あなたごときに、拒否権があると思ってるんですか。あなたのような屑を信じていると仰られる陛下の懐の深さに、泣いて感謝するべきですよ」

 というわけで、ノアは館を出て行ってしまった。

「私のことはお忘れになるよう。ここへ戻ってきてはいけませんよ。衷心から、皆様にお仕えして下さい。お元気で、ノア様」

 リーリヤはそう言って、ノアを送り出した。


 そしてレーヴェはというと、アンリーシャの館でだらだらしている。
 猛烈に暇で、何かする気力も起きない。王都に行く気にもならない。
 一ヶ月ほど館に滞在していて、それでもこの先どうするかが決められない。そんなレーヴェを、リーリヤは叱りもせずに世話をしていた。

「あいつ、向こうで無理してないかなぁ」
「無理はしてるでしょう、あの性格ですから」
「俺がいなくて寂しくないかなぁ」
「寂しいのはレーヴェルト様では?」

 リーリヤはくすくす笑っている。
 同じアンリーシャの血統だが、リーリヤとノアは全く似ていない。リーリヤはよく笑うが、ノアが笑ったところは見たことがなかった。他人に笑顔を見られるのは全裸を見られるより屈辱的だと思っている節があるので、ノアは人前で笑わないだろう。

 リーリヤが手を上げると、袖がずれて腕の包帯がちらりと見えた。レーヴェに血を与えるために、刃物で傷つけたところだ。

「まだ治らないのか、怪我は」
「そのうち治りますよ」
「本当に悪かったな。お詫びに抱いてやろうか」
「どうしてそうなるんです?」
「上手いぜ俺は」
「こんなじいさんを抱こうなんてよく思えますね」
「外見は若いだろ。全然抱けるぞ」
「ご勘弁を。あなたのように旺盛な方に付き合っていたら、ひ弱な私は死んでしまいますよ」

 誰でもよろしいんですねぇ、とリーリヤは苦笑していた。
 冗談でもなんでもなく、リーリヤは抱ける。顔がいい。すごく好みというわけではないが、守備範囲内だ。長命の男というのにも興味がある。

 だが、もしリーリヤを押し倒したら、確実にノアに殺されるだろう。首をはね飛ばされるかもしれない。何せリーリヤはノアにとって母親のようなものだし、彼を害する者をノアは許さないだろう。
 レーヴェは広間の長椅子に寝そべっていた。

 これからどうするべきだろうか。金にはさほど困ってないから仕事はさがさなくたっていい。けれどこのままうだうだしていれば体に悪い。運動をしなくては。

(ノアに会いたいな……あの体が恋しい。押しかけてやろうかな)

 レーヴェは盛大にため息をついた。
 俺ってあいつのこと、すごく好きなのかもしれない、と自覚しながら。

「実はノア様から手紙が届いているんですよ、レーヴェルト様」

 リーリヤがそんなことを言い出して、レーヴェは身を起こした。

「恋文か?」
「どうでしょう」

 ノアの恋文など笑顔と同じくらいに想像がつかないが。ありそうなことと言えば、まだ王都に行っていないのかという小言だろう。
 だが、そこに書かれていたのは意外な内容だった。

 まだぶらぶらしているのなら、侯爵邸に来ないかという誘いだった。なんでも、侯爵家三男の剣術の師をさがしているのだそうだ。
 住み込みで、仕事内容は三男の剣術の稽古及び護衛、そして侯爵家が任されている魔物の駆除の手伝い。
 やる気があるなら、侯爵閣下には自分が話をつけるとのことだった。

「いいじゃん」

 こういう時の決断は早い。
 レーヴェはすぐさま返事を書いた。
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