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第二部 君に乞う
83、暴走の責任
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王都のエデルルーク邸にいる、トリヴィス・エデルルークの元に現れたのは、かの大貴族、リトスロード侯爵の使いであると名乗る若者だった。名はノア・アンリーシャ。歳は二十歳そこそこだろうが、油断のない冷たい目つきが印象的だった。
彼が提出した書類は、アリエラ・エデルルークが数々の人間を闇に葬り去ったとされる証拠らしきものだった。中にはトリヴィスも知っている、ミルド――ミルデアス・イスヴァニカが残したものもあった。
ミルデアスは没落貴族の息子であり、アリエラの家が拾って利用した男だが、子供が生まれたのを期に仕事から足を洗いたがった。だが子供が病にかかり、治療費を肩代わりするために生涯忠誠を誓わされたのだった。
ミルデアスはレーヴェルトの殺害を何度も指示されたが、理由をつけて先延ばしにしたと書き残している。他にも、長く仕えていたからこそ知る、アリエラの使う手段や金の流れなども記されていた。
それをどこに隠したのかという話だが、書類を隠した場所が示されている紙はミルデアスの墓の中にあったのだそうだ。ノアいわく、ミルデアスの墓は埋葬直後、一度何者かに掘り起こされて調べられている。
ノアの手の者が掘り起こしたのは最近で、そこで見つけたのだそうだ。ミルデアスは腹の中に隠していた。死後、時が経ち、体が崩れてやっとそれが見つかる形となったのだ。
アリエラに探られるのを予想して、ミルデアスはそのような方法を取ったのだろう。最も安全な場所がそこだと判断した。彼がレーヴェルトに肩入れしていたと見たノアは、何らかの証拠を残しているのではないかとあてにして調べたらしかった。それが見事に当たったわけだ。
トリヴィスは硬い表情で、淡々と語るノアの言葉に耳を傾ける。
「アリエラ様が協力者に与えた金銭は、近年エデルルークから流れています。個人の資産では間に合わなくなっているのでしょう」
殺すほどでもない相手まで手にかけている。今はまだ誤魔化しがきいても、そのうちアリエラが絡んでいることは露見するだろうというのがノアの考えだった。自分がこうしてたどり着いたように、誰かが暴く。
アリエラはやりすぎているのだ。
過去にレーヴェルトの毒殺未遂に関わった実行犯は国外に逃げていたが、見つけだして捕らえているという。その者はしかるべき場所にて証言をすると約束しているそうだ。
「奥様だけの問題ではありません。エデルルーク一族全体の問題となるでしょう」
一目置かれる存在であるエデルルークだが、国内の全ての貴族に愛されているわけでは当然ない。このままでは足元をすくわれます、とノアは断言した。
「トリヴィス様。これは貴方が始末をつけるべき問題です。今までのように、このまま放置しておくというのなら、いずれ来る混乱を未然に防ぐためにも、リトスロード侯爵家に介入していただきます」
身内の恥を、他家にさらすわけにはいかなかった。
トリヴィスは目を閉じて黙りこむ。アリエラは危ない綱渡りを何度も繰り返し、これまでは幸運にも概ね成功してきた。だが次第に手段は過激に大胆になり、彼女は静かに狂い始めている。
「アリエラ様の暴走は、あなたに責任があります、トリヴィス様。他に止められる人間はいませんでした。あなたは当主としての責任を果たすべきだったのです。アリエラ様にどんな借りがあったとしても。判断を誤り続けていたのです」
なおも黙っているトリヴィスに、ノアは抑揚なく続けた。
「あなたも、甥御のレーヴェルト様が亡き者になってくれれば楽だったというのが本音でしょう。確かにあの方は聖剣を任される人間としては不適合です。名門エデルルークの恥でしょう。しかし、それをどうにか上手くおさめるのがあなたの仕事の一つだったのでは? 逆恨みはおやめになられた方がいい」
見透かされた。
トリヴィスは目を見開いて、若者を睨みつけた。同じ圧力を感じる視線が返ってくる。少しも怯んでいない。
確かに、逆恨みをしていた。
自分が選ばれず、あのようなろくでなしが選ばれたことに。
「出過ぎたことを申し上げました」
そう言って詫びるが、本心は少しも謝る気がないということが態度に出ているし、隠そうともしていない。
「後のことはお任せ致します」
突然現れた怜悧な青年は、言うだけ言って、エデルルーク邸を後にした。
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