上 下
79 / 115
第二部 君に乞う

79、どうでもいい

しおりを挟む

 * * *

 意識が朦朧とする中で、時折誰かが枕元で話す声が断片的に聞き取れた。大体がノアの声だった。
 医者を呼びに人をやったらしい。そして、滅多に館を離れないリーリヤが珍しく留守にしているようだ。

「リーリヤさえ戻ってくれば……」

 ノアがそんなことを呟いていた。
 レーヴェは、俺が倒れてこいつはどうやって館まで運んだんだろう、とどうでもいいことをぽつりと考え、そしてまた気を失った。

 酷いの一言では済まないくらいの苦しみだった。
 起き上がることができないどころではなく、横になっていても、寝ても覚めても苦痛に苛まれる。夢と現実のあわいにいるようで、いくつもの幻覚を見た。

 それは誰かの溶けかかった顔だったり、膨らんで笑い続ける影だったり、自分自身の背中だったりと様々だった。

「どうして、こんな目に遭う?」

 そう言ったのは、十代の頃のレーヴェだった。声が若かった。

「俺が何したってんだよ」

 不服そうな声音だった。現在のレーヴェは笑った。

「結構非難されるようなことしてきたぜ、俺は」
「そうだとしたって、ここまで苦しまなくちゃならないのか?」
「仕方ない。それだけ嫌われてるんだからさ」
「いつからそんなに根性なしになったんだ」
「苦しくて恨み言言うどころじゃねぇんだよ」

 もう、聖剣の加護は期待できないらしかった。やはりこれだけ離れていると、助けてはもらえないらしい。
 湿らせた布で唇を拭っているのはノアだろう。吐いた血を拭ったり、水を飲ませる代わりだ。自分の外の世界をはっきりと認識できず、時間の感覚もないのだが、どうもノアはつきっきりで看病をしているらしい。

(あんまりダサいところを見られたくなかったな)

 ぼんやりと、目の前に死の気配があることを悟っていた。それを振り払う気力がない。
 何度か死にかけて、その度に死んでたまるかと生にしがみついた。その執念に生かされてきたように思う。

 けれどもう、面倒だった。
 何もかもがどうでもよくなってきた。

 死ぬなら死ぬで、それまでだろう。
 生きることは、すごく面倒なことだと知っている。反抗心だけで生きられるほど、自分はもう幼くないのだ。

 * * *

「まだ生きておられるのが奇跡ですよ。普通は一晩ももちますまい」

 町から無理矢理連れてこられた医者は、肩をすくめてかぶりを振った。
 毒の種類は正確にわからないそうだが、植物由来のものではないかということだ。明らかに致死量を越えているとの話だ。
 内臓のダメージが深刻で、打つ手がないという。

「並外れて丈夫な御方なんでしょうな」
「丈夫だけが取り柄の男ですから」

 熊ならこれくらいもつかもしれないと言うので、レーヴェは熊のような臓腑の持ち主なのかもしれない。普段から多少悪くなったものを食べても腹は壊さないから、繊細な方ではないだろう。
 ノアもしてやれることがなかった。レーヴェを看病しながら、リーリヤが帰るのをひたすら待った。

 レーヴェが倒れてから一日半ほどして、知らせを受けたリーリヤがようやく戻る。彼は馬から下りると館の中を駆け、机の中から短剣を取り出して刃を火であぶり始めた。

「容態は聞きました。大丈夫、間に合うでしょう」

 彼は鷹揚でいつも取り乱さず、楽観的な発言をするのを心がけている。
 リーリヤが腕をまくるのを見て、ノアは微かに眉をしかめた。

「申し訳ありません、リーリヤ」
「あなたが謝ることではありませんよ」

 リーリヤはノアを安心させるように微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました

昼から山猫
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...