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第二部 君に乞う
79、どうでもいい
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意識が朦朧とする中で、時折誰かが枕元で話す声が断片的に聞き取れた。大体がノアの声だった。
医者を呼びに人をやったらしい。そして、滅多に館を離れないリーリヤが珍しく留守にしているようだ。
「リーリヤさえ戻ってくれば……」
ノアがそんなことを呟いていた。
レーヴェは、俺が倒れてこいつはどうやって館まで運んだんだろう、とどうでもいいことをぽつりと考え、そしてまた気を失った。
酷いの一言では済まないくらいの苦しみだった。
起き上がることができないどころではなく、横になっていても、寝ても覚めても苦痛に苛まれる。夢と現実のあわいにいるようで、いくつもの幻覚を見た。
それは誰かの溶けかかった顔だったり、膨らんで笑い続ける影だったり、自分自身の背中だったりと様々だった。
「どうして、こんな目に遭う?」
そう言ったのは、十代の頃のレーヴェだった。声が若かった。
「俺が何したってんだよ」
不服そうな声音だった。現在のレーヴェは笑った。
「結構非難されるようなことしてきたぜ、俺は」
「そうだとしたって、ここまで苦しまなくちゃならないのか?」
「仕方ない。それだけ嫌われてるんだからさ」
「いつからそんなに根性なしになったんだ」
「苦しくて恨み言言うどころじゃねぇんだよ」
もう、聖剣の加護は期待できないらしかった。やはりこれだけ離れていると、助けてはもらえないらしい。
湿らせた布で唇を拭っているのはノアだろう。吐いた血を拭ったり、水を飲ませる代わりだ。自分の外の世界をはっきりと認識できず、時間の感覚もないのだが、どうもノアはつきっきりで看病をしているらしい。
(あんまりダサいところを見られたくなかったな)
ぼんやりと、目の前に死の気配があることを悟っていた。それを振り払う気力がない。
何度か死にかけて、その度に死んでたまるかと生にしがみついた。その執念に生かされてきたように思う。
けれどもう、面倒だった。
何もかもがどうでもよくなってきた。
死ぬなら死ぬで、それまでだろう。
生きることは、すごく面倒なことだと知っている。反抗心だけで生きられるほど、自分はもう幼くないのだ。
* * *
「まだ生きておられるのが奇跡ですよ。普通は一晩ももちますまい」
町から無理矢理連れてこられた医者は、肩をすくめてかぶりを振った。
毒の種類は正確にわからないそうだが、植物由来のものではないかということだ。明らかに致死量を越えているとの話だ。
内臓のダメージが深刻で、打つ手がないという。
「並外れて丈夫な御方なんでしょうな」
「丈夫だけが取り柄の男ですから」
熊ならこれくらいもつかもしれないと言うので、レーヴェは熊のような臓腑の持ち主なのかもしれない。普段から多少悪くなったものを食べても腹は壊さないから、繊細な方ではないだろう。
ノアもしてやれることがなかった。レーヴェを看病しながら、リーリヤが帰るのをひたすら待った。
レーヴェが倒れてから一日半ほどして、知らせを受けたリーリヤがようやく戻る。彼は馬から下りると館の中を駆け、机の中から短剣を取り出して刃を火であぶり始めた。
「容態は聞きました。大丈夫、間に合うでしょう」
彼は鷹揚でいつも取り乱さず、楽観的な発言をするのを心がけている。
リーリヤが腕をまくるのを見て、ノアは微かに眉をしかめた。
「申し訳ありません、リーリヤ」
「あなたが謝ることではありませんよ」
リーリヤはノアを安心させるように微笑んだ。
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