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第二部 君に乞う
78、目眩
しおりを挟むどうにもおかしいと気づいたのは、スリーイリの村の近くまで来た時だった。二ヶ月ぶりに戻ったのだが、景色はさほど変わらない。全く穏やかな山である。
しかし何かが変だと思ったのだが、変なのは周りではなくて自分らしかった。
目眩がする。
景色が揺れて見えるのだ。目をつぶっても瞬きしてみても、目眩は次第に酷くなっていく。
しかも、やけに寒い。悪寒など感じることが少ないから、てっきり気温が低いのかと勘違いしていたがそうではない。額には汗が浮いていた。
どうも長いこと体を壊すという経験がなかったせいで、体調の変化に鈍感になっているようだった。気づけば手まで震えていて、手綱が上手く操れない。
馬はそれでもゆっくりと山道を進んでいた。
――ああ、これは……ヤバいな。
自覚した時には体を真っ直ぐにもしていられない状態だったらしい。前のめりの姿勢で耐えていたがバランスを崩して落馬した。
――毒か。
それ以外に考えられない。やや遅効性だ。
だが、あの矢のせいでここまで体がやられるだろうか。あんな少量でここまでの効果がある毒があるか? 大体、毒消しは飲んだのだ。
不快感が強すぎて、考えに集中できない。腹部や背部に強い痛みがあり、刻一刻とそれが増してくる。
(ありえない。あの矢じゃない)
どこで盛られた。
一日の動きを思い出すが、仕込まれる隙はなかったはずだった。今日はろくに食事をしておらず、携行食で済ませたのだ。荷物からも目を離していない。
(どこで……)
目を開けていられないほどの目眩に襲われた。吐気を感じて奥歯を強く噛む。
震えも全身に広がり、起き上がることができなくなって、柔らかい腐葉土の上で息を切らせながらうずくまっていた。
「レーヴェ!」
聞き慣れた声がする。
薄く目を開けると、馬に乗ったノアが近づいてきた。
「どうしたんですか」
駆け寄ってきたノアが肩を支える。
「毒だろうな」
「毒?」
そこでやっと、思い出した。
――何とお詫びをしていいか……。
(あの女だ)
そうとわかると、自分の間抜けっぷりに笑わずにはいられなかった。
そうだ、あの女は薬を取り出して、俺に手渡したんだ。そして俺はめでたくも少しも疑いもせずに、それを口に放りこんだ。あそこですり替えられたに違いない。つまり、毒を自分で飲んだのである。
気が抜けているにもほどがあるではないか。
「アリエラ……あのクソババアめ。こっちが忘れかけた頃にやりやがる……。執念深い女だ……っ」
喉の奥から一気にせりあがってきたものがあり、口を押さえたが受け止めきれなかった。
鮮血を吐き出す。
息を吸おうと喉を緩めると、また吐血する。一度吐くだけで、ほとんど体の全ての力を振り絞ったように脱力してしまう。
みっともねえな、と思ったのが最後の記憶だ。
ノアが何かを言っていたようだが、意識は何もとらえられずに沈んでいく。そのまま暗闇にのまれていった。
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