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第二部 君に乞う

74、囚われの身

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 * * *

「ちっとも顔色が変わらないというのはつまらんもんだ」

 ノアは咳こみながら、上から降ってくる男の声を聞いていた。
 あれから二日ほど経った。

 気絶させられて連れてこられたので、ここがどこだかわからない。屋内で、床は土がむき出して、倉庫のようなところらしいが何も置かれておらず、がらんとしている。土の匂いが濃く、普段は作物の貯蔵庫として使われているのかもしれない。

 始めから手が出たわけではなかった。だがノアが質問に答えようとしないので、尋問はきついものになり、次第に暴力が加わった。
 それも感情的なものではなくて、少しずつ度合いを強めていって反応を確かめているらしい。

 今日は数発顔を殴られ、鳩尾に強く蹴りを入れられた。
 髭の男は初日以降顔を見せていない。下っ端に任せていると見える。

「お前は、アンリーシャだろう? リトスロード侯爵家の秘密を何か知ってるはずだ。それを聞かせてくれよ。ちょっぴりでいい」
「……私は何も知らない」

 初めは無言を貫いていたが、何も言わなければ殴られる。会話をすればその間はぶたれる回数も減るので、多少は口を開くようになっていた。

「何もってことはないだろうが。荒野に建つ侯爵の館には、何か秘密があるって噂だ。何がある?」
「知らない。知らないものは答えられない」
「家令になるって男が、その家について何も知らないなんてことがあるか?」
「私はまだ家令ではない」

 胸倉をつかんで体を起こされ、したたかに頬を張られた。そして地面に投げ出される。
 質問の内容からして、おそらくこの男達は侯爵家と敵対する勢力の末端の人間だろう。侯爵家の子息達も度々狙われているという。だがまさか自分まで対象になっているとは思わなかった。

 リーリヤには言われていたのだ。外に出るときはくれぐれも注意するようにと。しかし自分は特に高貴な身分でもないし、まだ侯爵家の関係者とも言えない。拉致される可能性があるとは考えていなかったのである。

「簡単なことからでいい。何か話してみな? そうしたら、殴るのはよしてやろう」

 血の混じる唾液を吐き出す気力がなくて、飲みこんだ。
 拘束はされていないが、魔道具のせいで体が重くてろくに身動きが取れない。
 別の見張りの男が、「骨でも折ってみればいい」と提案する。

「いや、エレンド様の許可を得てからじゃないとな。こんな細い小僧っ子だ。簡単に骨折って、気絶されたり口もきけなくなったら困るだろ。寝こまれてもなぁ」

 いたぶり方が巧妙だった。力加減にも慣れている。うんざりするようなやり口で、少しずつ恐怖心を煽ろうとしていた。
 ノアは自分の手首に目をやった。

 ――もう少しだ。

 この魔道具は完全に魔力の流れを封じることができていない。微かにだが魔法は使える。ノアは解除を試みた。術式は解いて、後少しで解放される。
 相手もすぐに殺すつもりはないようだし、時間を稼げれば勝機はあった。この枷さえ外れれば、先日のようなへまはしない。

「泣いて騒げば、いじめ甲斐もあったんだが。せめて痛がれよ。涼しい顔して、可愛くねぇな」

 ため息をついて、男は歩き回る。

「ちょっと切り傷つけて脅しても、挑発しても効果なし、だ。殴っても蹴ってもこたえてなさそうだし。プライドの高いガキは嫌だねぇ。骨を折ってもいいとか指を切り落としてもいいとか、許可が出るまでやることがない……」

 と、立ち止まって指を鳴らした。そして人差し指をノアに向ける。

「女じゃないから思いつかなかった。辱められるってのはどうだ?」

 ノアの目がわずかにだが見開いたのに、男は気づいたらしく笑みを深める。

「ああ、考えてみればお前みたいな奴は潔癖そうだし、そういうのが一番こたえるかもな。顔はそこらの女よりも断然綺麗だ。こっちも犯すのに抵抗はない」
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