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第二部 君に乞う
69、心がざわつく
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「レーヴェを見ていると、心がざわつくんです」
ノアの言葉に、リーリヤは顔を上げた。
彼は拾ってきた木の実をテーブルに広げて選り分けているところだった。その手を止めて、まじまじと向かいの席に座っているノアの顔を眺める。
「心が、ざわつく」
「ええ」
次に何をされるのか、何をしでかすかと思うと気が気ではない。注意しようとしたタイミングで思いの外まともな意見を言ってきて、気持ちが宙ぶらりんになることも多々あった。
ノアの平穏はレーヴェによって乱されるだけ乱されて、変わってしまった生活に慣れるしかないと最近は諦めている。
リーリヤは首を傾げた。
「ノア様は、レーヴェルト様がお好きですか?」
「好きなわけがないでしょう。嫌いです、あんな人」
どう逆立ちしてみたところで、好く要素がないではないか。
するとリーリヤはわかりやすく目をまん丸にして、それから吹き出して笑った。
「何かおかしいですか」
「いえね……、何が好きかもわからないと仰っていたノア様が、それほどはっきりと誰かを嫌いだと断言するのを初めて私は聞いたので、驚いて……」
驚いて吹き出すというのも変な反応だ。
「だってあの人は最低の人間ですよ。私を……」
ノアは言い淀む。一度も打ち明けてはいない。とはいえリーリヤは察しているのだろうから秘密というほどではないが、口に出しにくい事柄である。
リーリヤは微笑みを崩さずに言った。
「あなたがお嫌であれば、やめさせましょう。あの方を亡き者にしろと仰るなら殺しますし」
朗らかに物騒な発言をする。
だが冗談でもないのだろう。リーリヤなら、やる。
彼はアンリーシャの血統の中では珍しく魔力も持たないし、かなり非力な方だった。ノアよりも腕力がないほどだ。不老という特殊体質のため、そちらの仕組みに多くの力が回されてしまっているのかもしれない。
なので、当然ながらレーヴェとまともに戦えばリーリヤに勝算はないのである。
だが彼は多く齢を重ねている故に、老獪なところがあった。年の功というやつだろうか。
館には侵入者に対する多くの仕掛けもあるし、リーリヤは独自の手段でこれまでも侵入した敵を葬ってきた。
「……殺さなければならないほどのことはされていません。どうにかしなければならない時は、自分で対処します。私の問題ですから」
「ならいいのですが」
リーリヤが極端な提案をしてくるので、嫌がっているのだと打ち明けづらくなってしまった。ノアはしばらく、木の実を選別するリーリヤの手元を見つめていた。
「リーリヤはあの人のことを、どう思います?」
「レーヴェルト様ですか。そうですね……」
リーリヤはゆっくりとまばたきをした。真っ白な睫が優雅に動く。
「危うい方ですね。あれほど危うい方はそういらっしゃらない。ノア様よりも、余程深刻でしたね。だから少しの間、ここにいて休まれるべきだと思ったのですよ」
「危ういとはどういう意味ですか?」
「あなたもそのうちわかるでしょう」
危険人物ということか。素行も悪そうだし、安全な人間とは言えないだろうが。
危うい、について考えを巡らせていると、リーリヤはまた声を出して笑った。
「それにしても、レーヴェルト様がここへいらしてから、ノア様は口数が増えましたね。たくさん喋ってくださるようになりました」
言われて気づいた。
挨拶は欠かさなかったものの、ノアは雑談などほとんどしない。いかに必要最低限な話しかしていなかったかと思い知らされる。
「私とこのような話をすることは、あなたにとっては無駄な時間でしょうか?」
「……いいえ」
そう答えると、リーリヤは嬉しそうにまた笑うのだった。
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