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第二部 君に乞う
68、馬鹿にされている
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恩を返せと言うのなら、十分返したはずだった。これ以上体を要求されたところで、応じる必要はなかった。
行為を始めてしまえば欲求にあらがえなくなるものの、普段はしてほしいと渇望するほどではない。だから断ればいいのである。
腕力ではかなわないが、ノアには強い魔力がある。魔法を使えばレーヴェを退けることも難しくはないはずなのだ。
性交なんて食事以上に面倒だ。そんなことをしなくても生きていけるという点では、食事や睡眠よりも煩わしい。
裸で絡み合い、快楽を貪るなんて浅ましいことこの上ない。ふしだらで汚らわしい。
そう思っているはずなのに。
拒否できない。
理由がわからないで悩んでいるところに、レーヴェに出くわして勝手なことをぬかしてくる。
この男はただ欲望のままに抱いて、満足して、思ってもいないような言葉を戯れに吐くのだ。
――人の気も知らないで。
生まれて初めて、他人の頬を打った。怒りは思考する暇を与えない。憤りを物理攻撃として相手に与えるのは思慮深くない行動であり、ノアは自分を恥じた。
それでも、許せなかった。
――許せない?
腹が立った。
――腹が立つ?
みんな、初めて知る感情だった。ああ、人は、こうやって振り回されるのか。感情というやつは厄介だ。どうしてリーリヤはこんなものがあった方がいいと思うのだろう。
一度知ってしまったものは、もう忘れることなどできなかった。
レーヴェの身勝手な言動に、ノアは繰り返し怒りを覚えた。しかも向こうは、わざと怒らせてくるのである。
遊ばれている。
何もかもが気に食わない。体を弄ぶこと。好きだと嘘をつくこと。生活に口を出してくること。子供扱いすること。
突然現れて、ずけずけと人の領域に足を踏み入れる。遠慮を知らない、身勝手な男。
「なーんでそんなに怒ってるわけ? あ、昨日激しすぎたからか?」
庭を歩いている途中でまた出くわして、話すこともなかったので背を向けて歩き出そうとしたら手をつかまれた。
振りほどこうとしたが、力が強い。ねじあげられて、レーヴェの方へと体を向かされた。
「あなたに付き合っているほど、私は暇じゃない」
レーヴェの体温は自分のものより少し高い。手首をつかまれたところから熱が伝わって、昨日肌を重ねた記憶が鮮明によみがえる。
「離しなさい」
「そうカリカリすんなよ、体に悪いぜ」
誰のせいで苛ついていると思っているのだ。
「私は近頃、あなたのせいで……」
館の外壁に体を押しつけられる。服の背中が汚れる、と抗議しようとすると、顎を持ち上げられた。
レーヴェの薄青の瞳を見ると、毎回言葉が途切れるのだ。その理由も、拒絶できない理由と同様わからないでいる。
何をしようとしているのか察して、近づいてくる体を押し返そうとした。
「外でっ……」
「誰も見てない」
唇が重なった。
遠慮なく舌が口内に侵入して、ノアの舌に絡まる。
(駄目だ……)
牙をむきそうだった己の怒りは、頭を撫でられて落ち着いた猫みたいに眠ってしまう。この男に口づけされると、全身から力が抜けそうになるのだ。
こうするとおとなしくなるのをレーヴェは知っている。いや、そうなるよう調教したのだ。
全く馬鹿にされている。
そう思うのに、目をつぶりながら受け入れてしまっている。
気持ちが良くて、一時あらゆることを忘れそうになるのだ。そうやって度々誤魔化される。
なんて嫌な男だろう。
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