63 / 115
第二部 君に乞う
63、怒っている原因
しおりを挟む* * *
レーヴェがふらふら散歩をしていると、ノアが一人で菜園にいて、植物の様子を見ているところに出くわした。
その横顔を見ていると、昨晩自分が考えて自分で腹を立てた、「義務感から抱かれている」という言葉を思い出した。
ノアは目の端でレーヴェの存在を確認すると、立ち上がり、何も言わずに横を通り過ぎようとした。
「昨日はどうだった? 良かっただろ」
ノアが足を止めて、レーヴェの顔に目を据える。
「あなたはどうして、いつもそのような言い方をするのですか」
「そのようなって?」
「わざとでしょう。ひねくれている」
ひねくれている自覚はあるので否定はしない。
ノアは強ばった顔で続けた。
「もう、部屋に来ないでください。どうしてあのようなことをしなければならないのです?」
「愛してるから」
「戯れ言を」
ノアは怒っているらしい。これまでのどんな時より、怒りがこうじているのがわかる。目つきが険しい。
「あなたと私の性交には何の意味もない。品のない最低の遊戯です。私には必要がありません」
ハッとレーヴェは笑ってやった。ノアの耳元に口を寄せる。
「待ってるくせに。隠したって無駄だぜ。喜んで何度もイッてんじゃねぇかよ、俺の前で。ケツだけでイくようになったもんな。真面目そうな面してるが、俺のいちもつを下で味わって、その快感が忘れられないんだろ? 強がらなくてもいい。何度だって抱いてやる。俺はお前が好きだからな」
思い切り、ノアがレーヴェの頬をぶった。
「あなたは、私を支配したいだけだ」
目に怒りを漲らせ、眉間に深く皺を刻み、美しい顔は美しいまま、怒気によって歪む。誰が見ても、怒っているとわかる顔である。
これだ。これが見たかった。
ノアはそのまま菜園から歩き去る。
平手打ちはなかなかの威力であり、遅れて頬にちりちりとした痛みを感じた。一切の手加減がなく、立派な一撃である。
レーヴェは館の方を見上げて、親指でノアの去って行った方を指す。
窓の向こうにいるのは、丁度廊下を通りかかり、ノアがレーヴェを殴ったところを目撃したであろうリーリヤだった。
リーリヤは目をむいている。
レーヴェは満足しながら館に戻り、リーリヤに会いに行った。リーリヤは薬草が保管されている部屋にいた。
「見たか? さっきの」
「いや、驚きましたね。ノア様があんな行動を取るだなんて考えられない」
「怒ってただろ」
「怒っていましたね。それも、かなり」
「な? あいつちゃんと、感情あるだろ」
レーヴェは胸の前で腕を組み、得意げに言ってやった。近頃はノアの表情にかなり変化が現れてきたものの、リーリヤにはもっと鮮明な感情を見せてやりたかった。
わずかな動きしか見せないわけではない。他人より鈍いということではないのだ。あいつも人並みの激情を発することが可能なのだとレーヴェは知っている。
「よく怒らせることができましたね。人の心を動かすには、大事な部分を揺さぶらなければならないのです。私はノア様が、何もかもに差をつけていないと感じていました。あの方にとってはどれも同じに見えてしまうと。だからどうしようもなくて、困っていたのですが……」
リーリヤは笑う。
「どうやってノア様をあれほど怒らせたのですか?」
正直には言えず、レーヴェは黙りこむ。
しかし、リーリヤが何も知らないはずがないのだ。それほど鈍くてめでたい男ではない。若旦那がしょっちゅう犯されているのを、当然彼も知っている。
それでいて何も言ってこない。ノアを助けるでもなく、レーヴェをたしなめるでもない。だから好き放題やっているのだが、不可解である。
知っていて知らないふりをしています、それをあなたが気づいているのも知っています、といった感じだ。
レーヴェにしてみれば振る舞い方に悩む。一見人が良さそうだが食えない男であるとわかってきてからは、レーヴェはリーリヤをどこかで警戒していた。
「怒っている原因に心当たりはあるのですか?」
「そりゃあ、あるよ。俺が乱暴なことしたり、あいつが屈辱を感じるようなこと言ったからだろ」
「そうですかねぇ。うちのノア様はそんなことではあれほど腹を立てないと思いますが」
「じゃあ何だっつーんだよ」
「さあ」
舐めている。リーリヤはにこにこしていたが、「しかしあなたのお陰で安心しました、ありがとうございます」と礼を述べてきた。
体験していないものを理解するのは難しい。これからノアはより多くの感情を理解していけるようになるだろう。
起伏が生まれる。波が立つ。
「私はもう、仕方がないと諦めていたのですが……」
「ただ、言っておくけどマジであいつは怒りっぽいぞ。俺、そういう奴は勘でわかるから」
癇癖が強いという予感がする。あのままいけば、いつかは怒鳴り声まであげられるようになるだろう。
「そうなると、怒りを制御する術を身につけるのが目下の問題になっていきそうですね」
リーリヤは苦笑する。
1
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました
昼から山猫
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる