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第二部 君に乞う

63、怒っている原因

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 * * *

 レーヴェがふらふら散歩をしていると、ノアが一人で菜園にいて、植物の様子を見ているところに出くわした。
 その横顔を見ていると、昨晩自分が考えて自分で腹を立てた、「義務感から抱かれている」という言葉を思い出した。

 ノアは目の端でレーヴェの存在を確認すると、立ち上がり、何も言わずに横を通り過ぎようとした。

「昨日はどうだった? 良かっただろ」

 ノアが足を止めて、レーヴェの顔に目を据える。

「あなたはどうして、いつもそのような言い方をするのですか」
「そのようなって?」
「わざとでしょう。ひねくれている」

 ひねくれている自覚はあるので否定はしない。
 ノアは強ばった顔で続けた。

「もう、部屋に来ないでください。どうしてあのようなことをしなければならないのです?」
「愛してるから」
「戯れ言を」

 ノアは怒っているらしい。これまでのどんな時より、怒りがこうじているのがわかる。目つきが険しい。

「あなたと私の性交には何の意味もない。品のない最低の遊戯です。私には必要がありません」

 ハッとレーヴェは笑ってやった。ノアの耳元に口を寄せる。

「待ってるくせに。隠したって無駄だぜ。喜んで何度もイッてんじゃねぇかよ、俺の前で。ケツだけでイくようになったもんな。真面目そうな面してるが、俺のいちもつを下で味わって、その快感が忘れられないんだろ? 強がらなくてもいい。何度だって抱いてやる。俺はお前が好きだからな」

 思い切り、ノアがレーヴェの頬をぶった。

「あなたは、私を支配したいだけだ」

 目に怒りを漲らせ、眉間に深く皺を刻み、美しい顔は美しいまま、怒気によって歪む。誰が見ても、怒っているとわかる顔である。

 これだ。これが見たかった。

 ノアはそのまま菜園から歩き去る。
 平手打ちはなかなかの威力であり、遅れて頬にちりちりとした痛みを感じた。一切の手加減がなく、立派な一撃である。

 レーヴェは館の方を見上げて、親指でノアの去って行った方を指す。
 窓の向こうにいるのは、丁度廊下を通りかかり、ノアがレーヴェを殴ったところを目撃したであろうリーリヤだった。

 リーリヤは目をむいている。
 レーヴェは満足しながら館に戻り、リーリヤに会いに行った。リーリヤは薬草が保管されている部屋にいた。

「見たか? さっきの」
「いや、驚きましたね。ノア様があんな行動を取るだなんて考えられない」
「怒ってただろ」
「怒っていましたね。それも、かなり」
「な? あいつちゃんと、感情あるだろ」

 レーヴェは胸の前で腕を組み、得意げに言ってやった。近頃はノアの表情にかなり変化が現れてきたものの、リーリヤにはもっと鮮明な感情を見せてやりたかった。
 わずかな動きしか見せないわけではない。他人より鈍いということではないのだ。あいつも人並みの激情を発することが可能なのだとレーヴェは知っている。

「よく怒らせることができましたね。人の心を動かすには、大事な部分を揺さぶらなければならないのです。私はノア様が、何もかもに差をつけていないと感じていました。あの方にとってはどれも同じに見えてしまうと。だからどうしようもなくて、困っていたのですが……」

 リーリヤは笑う。

「どうやってノア様をあれほど怒らせたのですか?」

 正直には言えず、レーヴェは黙りこむ。
 しかし、リーリヤが何も知らないはずがないのだ。それほど鈍くてめでたい男ではない。若旦那がしょっちゅう犯されているのを、当然彼も知っている。

 それでいて何も言ってこない。ノアを助けるでもなく、レーヴェをたしなめるでもない。だから好き放題やっているのだが、不可解である。
 知っていて知らないふりをしています、それをあなたが気づいているのも知っています、といった感じだ。

 レーヴェにしてみれば振る舞い方に悩む。一見人が良さそうだが食えない男であるとわかってきてからは、レーヴェはリーリヤをどこかで警戒していた。

「怒っている原因に心当たりはあるのですか?」
「そりゃあ、あるよ。俺が乱暴なことしたり、あいつが屈辱を感じるようなこと言ったからだろ」
「そうですかねぇ。うちのノア様はそんなことではあれほど腹を立てないと思いますが」
「じゃあ何だっつーんだよ」
「さあ」

 舐めている。リーリヤはにこにこしていたが、「しかしあなたのお陰で安心しました、ありがとうございます」と礼を述べてきた。
 体験していないものを理解するのは難しい。これからノアはより多くの感情を理解していけるようになるだろう。

 起伏が生まれる。波が立つ。

「私はもう、仕方がないと諦めていたのですが……」
「ただ、言っておくけどマジであいつは怒りっぽいぞ。俺、そういう奴は勘でわかるから」

 癇癖が強いという予感がする。あのままいけば、いつかは怒鳴り声まであげられるようになるだろう。

「そうなると、怒りを制御する術を身につけるのが目下の問題になっていきそうですね」

 リーリヤは苦笑する。
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