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第二部 君に乞う
55、アンリーシャの館
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この辺りはファイエルト国の中でも北西に位置し、涼しい気候の地域として知られている。アンリーシャの館やスリーイリの村があるところは標高はそれほど高くなく、季節も夏なので寒いというほどではなかった。目立つ木々は針葉樹で、下生えは多くない。
ただ、リトスロード侯爵領の土地は前述の通り魔物が出る地域なので、当たり前の自然の法則が通用しない特殊な場所も多い。火山がないのに温泉が出たり、作物を育てても連作障害が起こらない土地があったり。
ノアの話によると、この山は地下に魔石の鉱脈があるらしく、その影響で一部の魔法が少々使いにくいらしい。
アンリーシャの館が見えてきた。
鬱蒼とした自然の中に忽然と現れたそれはなかなか立派なもので、時代を感じさせる造りだ。
館の前に誰かが立っていて、その誰かはこちらに気づいて小走りに近づいてきた。
「ノア様。クロトゥラだけが戻ってきたので、さがしに出かけようとしていたところでしたよ」
髪も肌も異様に白い男だった。睫も白く、先天的に色素が欠乏しているのかもしれない。クロトゥラというのはノアの乗ってきた馬のようだ。
ノアが馬から降りる。
「山の中で、魔物を運んでいる輩に遭遇したのです。あまりに危険だったためにすぐ始末したのですが、男達に襲われてしまいました。魔力が尽きかけたので、一晩小屋で休んだのです」
心配そうに男は眉根を寄せる。
「お怪我をしていらっしゃる」
「大したことはありません。私はこれから後始末をしに向かいます」
男がノアの肩越しに、馬から降りたレーヴェを見る。
「そちらの御方は?」
ノアもレーヴェに視線を投げた。
「レーヴェルト・エデルルークです。暴漢から救っていただきました」
ノアにしてみれば、レーヴェも暴漢の一種のようなものだろうが。
「エデルルークというと、あの騎士の一族ですか」
「ご本人はそう仰っています。聖剣に選ばれた使い手だと」
「ほう」
まとう服も白い男は、ぱちぱちと瞬きをしてレーヴェを再び眺めた。あまり警戒はしていないようである。
ノアはどうやら、魔物の死骸を回収しに行くらしい。館の中から出てきた何人かを連れ、荷台を引かせた馬を用意して出かけて行った。
ノアからレーヴェをもてなすように言いつけられた白い男は、リーリヤと名乗る。
「私はアンリーシャの分家の者で、ノア様の教育係です」
そしてこの館を仕切ってもいるらしい。
ノアを助けたということもあり、レーヴェは客人として館の中に招かれた。内部の造りも装飾も、やはり古めかしい。
伝統を重んじる貴族は古いものを好むから、住処に年代物の調度品を置いているが、それなりに流行も取り入れている。
だがこの館は何百年も前から時が止まっているかのようだ。新しいものが何もない。
「アンリーシャってのは、貴族なのか?」
「いいえ。しかし特別な家です。あまり世間と関わりを持たずに今日まで生きてきました。リトスロード侯爵家の庇護のもとに」
廊下を進みながらリーリヤは説明する。確かに、こんなところには滅多に人は訪れないだろう。この辺りに村や館があるだなんて、シンシバルから聞くまでは知らなかった。
館に住んでいる人間の数は多くないらしい。部屋に通されたレーヴェは椅子に腰かけ、リーリヤが茶の用意をした。
「俺が怪しいと思わないのか? あっさり館に入れちゃっていいのかよ」
エデルルークと言えば名門貴族だが、レーヴェがそう言っているだけで証拠はないのである。
出されたのは林檎の香りのする茶だった。
リーリヤは微笑む。
「先ほど確認のために王都へ問い合わせまして、直に返事が来るでしょう。あなたにはノア様を助けていただきました。それは事実ですから、おもてなしするのは当然です。万が一何か良からぬ企みをお持ちだとわかった場合は、生きてここから逃がしはしませんから、ご心配なく」
大した自信である。目つきを見る限り、口先だけではなさそうだ。実際手をくだした経験がある者の顔だった。
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