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第二部 君に乞う

54、気に入ったから

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 * * *

 疲れて眠っていたらしい。
 ノアではなく、自分がだ。
 疲れるほど夢中になったのはいつぶりだろう。
 起き上がるとノアの姿はない。服もない。

「逃げたかなぁ、さすがに」

 頭を掻きながら大欠伸をした。この方面にはとんと丈夫なレーヴェは、どれだけ張り切っても翌日の体調に影響がなかった。
 むしろ具合が良いくらいである。

 扉が開いて、ノアが入ってきた。木桶に水を汲んできたらしい。炉に火をおこし、水を別の容器にそそいで湯を沸かしている。
 服はきっちり身につけていた。レーヴェは上半身が裸のままだ。

「お前、よく動けるな」
「何がですか」
「いや、平気なの? 尻がさ」
「問題ありません」

 そんなはずはないんだがなぁ、とレーヴェはシャツを引っかけながら首を傾げる。

「実は初めてじゃないんじゃないの?」
「性交ですか? 初めてですが」

 あれだけ無茶をさせられて平然としていられるとは驚きである。痩せ我慢をしている可能性もなくはないが、動きに不自然なところはない。
 アンリーシャという家系は、そういう部分でも体が普通ではないのかもしれない。

 ノアは奥の方から保存食を出してきた。堅く焼いたパンと、塩漬けの肉、酢漬けの野菜だ。それをレーヴェにも渡す。
 パンはパンという名を返上した方がいいくらいに堅く、肉は塩辛いにもほどがあるが、保存食とはそういうものだし、レーヴェの基準ではかなり上等な方だった。

 酒があればなおいいが、ないそうだ。
 ノアも石みたいなパンを黙々と噛み砕いている。窓の外から朝陽が射しこんでいて、その顔を照らしていた。
 明るいところで見ると、まだ子供なのだと思い知る。

「歳はいくつだ?」
「十七です」

 六歳下だ。やはり子供である。
 それがいきなり死にかけて、助けた相手に強姦されたのだから可哀想ではある。
 と、レーヴェは元凶であるにも関わらず、目の前の青年に同情した。

「あなたはこれから、スリーイリへ?」
「いいや、それはやめだ。お前の住んでいるというところを見たいんだが、ついて行ってもいいか?」

 ノアはちらりとレーヴェを見やる。

「ご自由に」

 何でとかどうしてとか、質問をしてこないようだ。興味を持たれていないのだろうか。

「お前さ、怒ってる?」
「いいえ」
「謝ってほしい?」
「いいえ」

 昨晩は確かに少し怒っていたように見えたのだが、今はあの無表情に戻っている。
 謝ったところで昨日のことはなかったことにはならないのだし、無意味ではあろうが。
 ノアは不必要な話をしないから、二人は無言で食事をたいらげた。鳥の鳴く声が木々の間を響き渡っている。天気の良い、清々しい朝である。

 火の処理をして片づけを済まし、ノアが外に出るのにレーヴェが続く。
 レーヴェは先へ行こうとするノアの腕をつかんで、引き寄せた。こちらを向かせて、ついばむようなキスをする。

 唇を離すが、ノアの表情に変化はない。

「何故、このようなことを?」
「お前が気に入ったから」

 それに対しての反応は、「そうですか」という素っ気ないものだった。怒って振り払うでもない。もう一度やってもされるがままになったというような雰囲気だ。
 何か動く気配を感じて目をやると、昨日逃げた馬が戻ってきていた。レーヴェの荷物をくくりつけたまま、とぼけた顔をして馬はこちらを見つめている。

「歩かなくても良さそうだぞ」

 レーヴェはノアと二人で馬にまたがり、アンリーシャ家の館を目指すこととなった。
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