54 / 115
第二部 君に乞う
54、気に入ったから
しおりを挟む* * *
疲れて眠っていたらしい。
ノアではなく、自分がだ。
疲れるほど夢中になったのはいつぶりだろう。
起き上がるとノアの姿はない。服もない。
「逃げたかなぁ、さすがに」
頭を掻きながら大欠伸をした。この方面にはとんと丈夫なレーヴェは、どれだけ張り切っても翌日の体調に影響がなかった。
むしろ具合が良いくらいである。
扉が開いて、ノアが入ってきた。木桶に水を汲んできたらしい。炉に火をおこし、水を別の容器にそそいで湯を沸かしている。
服はきっちり身につけていた。レーヴェは上半身が裸のままだ。
「お前、よく動けるな」
「何がですか」
「いや、平気なの? 尻がさ」
「問題ありません」
そんなはずはないんだがなぁ、とレーヴェはシャツを引っかけながら首を傾げる。
「実は初めてじゃないんじゃないの?」
「性交ですか? 初めてですが」
あれだけ無茶をさせられて平然としていられるとは驚きである。痩せ我慢をしている可能性もなくはないが、動きに不自然なところはない。
アンリーシャという家系は、そういう部分でも体が普通ではないのかもしれない。
ノアは奥の方から保存食を出してきた。堅く焼いたパンと、塩漬けの肉、酢漬けの野菜だ。それをレーヴェにも渡す。
パンはパンという名を返上した方がいいくらいに堅く、肉は塩辛いにもほどがあるが、保存食とはそういうものだし、レーヴェの基準ではかなり上等な方だった。
酒があればなおいいが、ないそうだ。
ノアも石みたいなパンを黙々と噛み砕いている。窓の外から朝陽が射しこんでいて、その顔を照らしていた。
明るいところで見ると、まだ子供なのだと思い知る。
「歳はいくつだ?」
「十七です」
六歳下だ。やはり子供である。
それがいきなり死にかけて、助けた相手に強姦されたのだから可哀想ではある。
と、レーヴェは元凶であるにも関わらず、目の前の青年に同情した。
「あなたはこれから、スリーイリへ?」
「いいや、それはやめだ。お前の住んでいるというところを見たいんだが、ついて行ってもいいか?」
ノアはちらりとレーヴェを見やる。
「ご自由に」
何でとかどうしてとか、質問をしてこないようだ。興味を持たれていないのだろうか。
「お前さ、怒ってる?」
「いいえ」
「謝ってほしい?」
「いいえ」
昨晩は確かに少し怒っていたように見えたのだが、今はあの無表情に戻っている。
謝ったところで昨日のことはなかったことにはならないのだし、無意味ではあろうが。
ノアは不必要な話をしないから、二人は無言で食事をたいらげた。鳥の鳴く声が木々の間を響き渡っている。天気の良い、清々しい朝である。
火の処理をして片づけを済まし、ノアが外に出るのにレーヴェが続く。
レーヴェは先へ行こうとするノアの腕をつかんで、引き寄せた。こちらを向かせて、ついばむようなキスをする。
唇を離すが、ノアの表情に変化はない。
「何故、このようなことを?」
「お前が気に入ったから」
それに対しての反応は、「そうですか」という素っ気ないものだった。怒って振り払うでもない。もう一度やってもされるがままになったというような雰囲気だ。
何か動く気配を感じて目をやると、昨日逃げた馬が戻ってきていた。レーヴェの荷物をくくりつけたまま、とぼけた顔をして馬はこちらを見つめている。
「歩かなくても良さそうだぞ」
レーヴェはノアと二人で馬にまたがり、アンリーシャ家の館を目指すこととなった。
1
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました
昼から山猫
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる