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第二部 君に乞う

53、命の恩人の言うこと

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 * * *

「あれです」

 湖は案外大きかった。なんでも、食える魚がいるそうで、村人が船に乗って時々釣りをするという。
 建物というのは簡素な木の小屋のようなものかと思っていたが、石積みで、大きくはないもののかなり丈夫で堅牢そうだった。ここ数十年の間に建てたものではないらしい。

「なんだってこんなところにあんなもん建てたんだ?」
「百年前までは時折この湖から魔物が出たのです。地下に無限迷宮が出現したので。魔物を駆逐するのが難しく、見張っていなければならなかったのです。見張りのために作られました。今では倉庫のように使われています。時期によっては夜釣りをするので、泊まることも」

 顔には出ていないが、ノアはかなり疲労しているらしく、足取りは重い。
 建物を構成している石は、一つ一つ魔力をこめたものだという。ちょっとやそっとでは崩れないそうだ。
 中は綺麗に片づいていた。非常食も薪もある。

 ノアは魔法で明かりをつけ、レーヴェは湖に水を汲みに行った。すっかり陽は落ち、空に昇った月が鏡面のように静かな水面に映っている。
 水はごく澄んでいた。浅い水底の砂が、月明かりを受けて白く光っている。
 戻るとノアが壁に寄りかかって座っていた。

「痛むか? どこか折ったか」
「いいえ。魔力を消耗しているだけですから、体の不調は特にありません。休めばそのうち回復します」

 寒くはないので、火をおこす必要はなさそうだった。
 ノアは何も考えていないような虚ろな顔で、遠くに視線を投げながらぼうっとしている。
 話すことがなければ彼は口を閉ざすらしい。沈黙が続いた。

 レーヴェも黙って、ノアを不躾なまでに眺め回した。
 動くのもやめて喋らなくなったノアは、作り物じみている。呼吸のためにわずかに胸の辺りが動くのと、瞬きをするから生きているのだとわかるのだが。

 見れば見るほど、綺麗だった。
 睫が長くて艶っぽい。床に力なく投げ出された手に、虚ろな瞳が官能的だった。女性のようななよやかさがあるわけではないが、どこか性的魅力がある。

 都会の貴族の間でも、ちょっとお目にかかれないほどの美人である。シンシバルから聞いて、想像していた以上だった。しかも好みだ。昔からレーヴェは、愛らしいものよりは冷たく整ったものにそそられる。そういう奴を組み伏せるのが大好きだった。

 かなりの魔力の持ち主だろうが今は底を尽きているし、疲労感からか元からなのか、座る姿はやたらと無防備であった。

「ノア。さっき助けた礼をしてくれるか?」

 突然そう声をかけた。
 ノアはぼんやりと目線を上げる。レーヴェがずっとそばにいたのも忘れていたのかと思わせる反応だった。もしや感情がないのかもしれないと訝ったが、レーヴェは細かいことは気にしない。

「何をすればいいのでしょうか」
「抱かせろ」

 反応は鈍かった。全くなかったと言ってもいい。
 しばしの沈黙をはさんで、ノアは口を動かす。

「抱く、というのは」
「性交。意味はわかるか?」

 ノアの瞳が、ほんの微かにだが、揺れた。あれは困惑をあらわしているのかもしれない。この歳であれば、意味がわからないことはないだろう。
 レーヴェは立ち上がって近づいていった。

「嫌とは言わないよな。助けてくれた、命の恩人の言うことだ」

 にやりと笑うレーヴェの顔を、ノアは見上げる。
 レーヴェの中で、何かが肥大していっていた。衝動に気づいた時には、もう抑えようがなくなっている。

「どうだ?」

 そう聞きつつ、犯す気ではいた。どんな返答があろうが、引けそうにない。
 それなのに一応聞いたのは、強姦というやつを好んでいなかったからだろう。倫理的な理由ではない。相手が心底嫌がっているのに無理に交わると、どうも興醒めしてしまうのだ。

 だから合意のない性交というやつを実はほとんどしたことがない。ただ今回だけは、どうしてか止められそうになかった。
 だが。

「……わかり、ました」

 こんな圧力のかけ方をして合意を得たもないのだが、嫌だとは言われなかった。ならますますよろしい。
 レーヴェはノアのシャツを脱がせ始めた。
 ノアの体が強ばっている。

「誰かと寝たことは?」

 胸元をつかんで、間近で囁く。暗い色の瞳の中の、奥の奥にあるものは――動揺だ。

「ありません」

 レーヴェは気を良くした。では自分が初めてということになる。愉快で、意地の悪い笑みが浮かぶ。

 ――こいつを犯すのは、俺が最初だ。

 何をされるのかわからなくて、さぞ怖いだろう。それでも優しくしてやれそうになかった。
 かつて感じたことのない衝動が、凶暴な欲求が、牙をむきそうになっている。
 ノアが力をこめてレーヴェの腕をつかんだ。だがその程度で制止できるはずもない。

 露わになった肌に唇を落とすと、ノアは驚いたように震えた。
 冷たい体だ。脂肪が少なくて、やはり男の体だと思う。舐めるとなんだか、甘かった。

「……っ、」

 わかりましたとの言葉は、当然だが本心ではなかったようで、ノアは逃れるために身を離そうとする。
 初々しい反応はレーヴェを喜ばせるだけだった。

 ――こいつは、俺のものだ。

 助けなかったら死んでいた。助けたのだから、俺のものだ。
 勝手な理屈を作り上げ、レーヴェはそれに納得する。

 抵抗は鈍かったので、押さえつけるほどではなかった。脚衣を脱がせて、横たわらせる。
 足を開かせて局部を目にしたレーヴェは、あることを思い出して一瞬冷静になった。

「……お前、本当にアンリーシャか?」
「どうして、です、か」

 やや息を切らせてノアは問い返す。

「アンリーシャの男は子供を産むんだろ。あそこが普通の男と変わらない」

 ノアが目を細めた。

「……どこで、それを」
「噂を聞いただけだ」

 ノアは視線をさまよわせていた。そして、聞き取りにくいほど小さな声で説明する。

「時期が……ありますから。子宮がいつもあるわけではありません。その時にならないと器官ができず、普段の体はそこらの男と変わらないのです」
「ふうん」

 そこは期待はずれだったと言えよう。レーヴェの想像では、ペニスと肛門の間に、女の膣のような交接器の入り口があったのだ。
 その珍しいものがないのは少し残念だが、突っこむところはあるようだし、問題はない。

 唾液で濡らした指で、遠慮なく蕾をほぐし始めた。急いてはいたが、経験もないのにいきなり挿入しては入るかわからないし、さすがに気の毒である。

 ノアは口を開けたが、悲鳴は出てこなかった。脱がされて体の下に敷いてある服を、強く握りしめている。
 突然の暴挙に為す術もないまま、必死で耐えている。内壁を優しく指で撫でると、足がびくりと震える。
 早く繋がりたくて仕方がなかった。

 らしくない。どんな女を前にしようが、我を忘れることなどなかったのに。頭の芯はいつも冷え切っていて、それなのに、今は熱に浮かされている。
 自身のものも、痛いくらいに張りつめていた。身も心も、もう制御できそうにない。
 声もかけずに、レーヴェは男根をノアの中に挿入した。

「……、ぃ、……あっ!」

 ノアが息をつめてのけぞった。初めての感覚はおそらく、まだ快楽も何もないだろう。
 レーヴェは乱暴に腰を動かした。

 いい。すごくいい。
 締め付けられる中で、抽送を繰り返す。きついが、それがまた良かった。内臓がきゅうきゅうと収縮し、奥へと導こうとする。初めての割にこいつの身体はよくわかっている。

「やっ、ああ、……ッ、! んくっ……う」

 声もどう出したらいいかわからないらしい。苦しそうに呻きながら、ノアは目をつぶっている。

「そのうちお前も良くなる」

 声をかけると、ノアが薄く目を開けた。
 その目は、はっきりとした恐怖に彩られている。そこでレーヴェは思った。

(なんだ。感情あるじゃねぇか)

 石に彫られた像みたいに、人間らしい心を持っていないのかと疑いもしたが、何のことはない、こいつもただの人間なのだ。
 その証拠に怖がっているし、少々憤ってもいるらしい。

 当然だ。助けたのだから体を捧げろと言う要求はあまりに非道である。
 ノアが見せた悪感情は、さらにレーヴェの嗜虐心を煽った。

(そうだ、もっと怒るがいい。お前を救った男は屑だ)

 肌を吸い、体をまさぐって、快楽というやつを教えていく。ノアは震え、悲鳴の中に嬌声を混じらせた。いくら抱いても足りなかった。
 内側の襞をこすり、一番感じる部分を探り当てて責め続ける。艶めかしくノアは体をのけぞらせ、律動に翻弄されていた。苦しそうに息を大きく吸うが、その表情の中には間違いなく恍惚としたものがあった。

「いや……、やめっ、も、う……ひぅっ、あ、ああ! ……ッ」
「大きな声も出せるんだな」

 身をよじるこの青年を、愛らしく感じた。黙っていようと歯を食いしばるから、いじめたくなる。
 レーヴェは狂ったようにノアを抱いた。まぐわいながらノアの顎をつかんで、こちらに顔を向けさせる。

 組み敷かれたノアも上に乗るレーヴェも、互いに息を切らせていた。
 おかしな気持ちになる。どうにも複雑で、初めてで、その感情に何と名前を付けたらいいのかレーヴェにはわからない。

(嫌われそうだな)

 まだあどけなく、美しい唇に口づけをする。ノアは力なくそれを受け入れた。
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