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第二部 君に乞う
50、何でもアリ
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興味本位と性欲を満たすために侯爵領を目指すと聞いて、仲間達が馬鹿だ馬鹿だと罵ったのにはわけがある。
リトスロード侯爵領は魔物が出るのだ。地下に無限迷宮というものがあり、そこから魔物がわんさか現れる。
国の盾と呼ばれるリトスロード侯爵一族は魔物退治を生業としており、魔物が出る一帯を領地として引き受けているのである。だから領地が異常なほど広いのだ。
交通の要衝である地域や主要通路などには魔物は出ない。出ないように工夫されているらしい。だが、一歩そこを外れるともう危ないのだ。
侯爵家は優秀で、王都に魔物の侵入を滅多に許さず、領地から魔物を出すことはほぼない。だからレーヴェもあまり魔物というやつとは縁がなかった。
全く見たことがないというわけでもなく、護衛の仕事などで出くわして倒したことはあるが、そう多くはない。
侯爵領にはあちこち魔物が出るのだが、人もそこそこ住んでいた。土が良く農業には向いている土地が多く、暮らし向きは良いらしいが、それにしたって胆力がある領民共である。
魔物を恐れて普通は近寄らないのだが、農民が住んでいるのだからそんな地獄みたいなところではないだろうとレーヴェは思っていた。
シンシバルに教えられた通り、侯爵領を西へ西へと進んでいく。
主要路の街道を外れて奥地へ向かうには、道慣れた馬車をさがすか、馬でも借りなければならないだろう。
実を言うと、よく知らずに来た。行けばなんとかなると気楽に考えていたのだ。
「旦那、それで旦那は、どこに行くんですかい。こっちに大きな街は御座いませんぜ」
御者は馬に鞭をくれながら、レーヴェの方を振り向いた。
「村がないか」
「ありますがね」
話を聞くと、どうもシンシバルから聞いた村とは違う。やはり眉唾だったのだろうか。
「他には? 俺が聞いたのは、もっと小さい村だったがな」
「ははあ。スリーイリのことを仰ってるんですかね。あれぁ随分と奥地にあるんですよ。三十人も住んでませんな。何もないです、本当に! おまけに道が険しい。その手前の村までは馬車で行けますが、その向こうはいけねぇです。どうしても行くってんなら、馬を借りるしかないですな」
そうなるか。
そこまで行って嘘だったらとんだ間抜けだなと思う。だがそれでいいかもしれない。レーヴェは間抜けなのだ。今までの人生を振り返ってみても、賢い行動はとっていない。
次にシンシバルに会った時に、一発お見舞いしてやればいい。
「その、スリーイリという村の近くには……」
「はあ」
「いや、何でもない」
アンリーシャが特別な一族だったとしたら、うかつに地元に近い者に聞かない方がいいかもしれない。警戒される。
時間はたっぷりあるし、のんびりさがそう。
御者に連れて行かれたのは、宿もある割と大きな村だった。温泉が湧くらしくて、湯治の客が来るのだという。
「温泉? 近くに火山もないのにか?」
ファイエルト国には非火山性温泉は存在しない。そもそも療養効果のある成分を含む鉱泉は少ないとされている。
「ここはリトスロード侯爵領ですからね。魔物も出ますし、温泉も出ますよ」
要するに何でもアリらしい。
そこで一晩泊まって、何でもアリの温泉にも浸かり、大金をはたいて馬を買った。
「お客さん、スリーイリに向かうって? そりゃまた、どうして。あんなところ、何もないよ」
宿の女将が、生まれたばかりの赤ん坊をあやしながら訝っている。
「死んだ親父の愛人がこっそり産んだガキが預けられてるかもって風の噂で聞いたんだ。養子として引き取られたってさ。生き別れた弟をさがしてるんでね。うちは訳ありでさ」
「あらまぁ、複雑なのね」
抱えている赤ん坊が、火がついたように泣き出した。よしよし、と女将が赤ん坊を揺らす。
レーヴェはそんな赤ん坊を見て、やや苦い笑みを浮かべた。
レーヴェには苦手なものがいくつかある。その一つは、赤ん坊の泣き声だ。
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