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第二部 君に乞う
49、山奥の一族
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「ふざけんな、いかさまだ、金返せ!」
「いかさまじゃねぇ、レーヴェ、お前が弱いんだろうさ。負け続きだからって難癖つけんなよ」
「いーや、ダイスに仕掛けがあるんだ。貸してみな」
近頃はダイスを使った賭事が流行っているが、特定の目が出やすいように細工してあるものも多いと聞く。
レーヴェは仲間からダイスをふんだくって調べたが、石を削って作られた、いたって普通のダイスだった。
「あーあ、素寒貧だ。やってらんねぇ」
レーヴェは嘆いて横になる。
戦場といっても息抜きは必要だった。戦況が上々というのもあって、皆余裕がある。レーヴェは暇つぶしに仲間と賭事を始めたのだが、今宵はついておらず、少ない財産を周りに分け与えることになってしまった。
「もうすぐこの戦もおしめぇだ。こっちの勝ちだな。俺たちゃ金もらって退散しようぜ」
「レーヴェ、お前はそこそこもらってんだろ。歩合だもんな」
「もらってもまたどうせすっちまうもんなー俺」
「賭けなきゃいいだろ、阿呆め」
声がかかって、またレーヴェは傭兵として戦に顔を出していた。あちこちで暴れるうちに、妙な人脈や貸しができ、行かざるをえない場合も出てきたのだ。
どこぞの大店で金を勘定したり、代筆の仕事をするよりは向いている。
生きていれば金が要るので、稼ぐしかなかった。レーヴェは金遣いが荒いのである。いくらあっても足りない。根無し草なので宿賃はいるし、女も買うし、大食らいなので食費もかかる。
傭兵は実入りがよかった。そこそこ働いてそこそこ頂き、すぐに去る。
騎士団をクビになってから三年。レーヴェは各地を放浪し続けていた。遊び歩いているとも言う。歳は二十三になった。
約束なので、半年に一度は王宮に赴いてもいる。まだ帰らぬかと国王に聞かれ、「はあ」と生返事をして逃げるの繰り返しだ。騎士団に戻るつもりはこれっぽっちもない。
聖剣を手放してから、憑き物が落ちたみたいにレーヴェの性格は変わった。気が抜けたのだろう。
剣と離れて何者でもなくなり、つっぱっているのが馬鹿らしくなった。
昔とは違って冗談の一つや二つ飛ばすようになったし、仲間からは気の良い奴だと評価されることもある。ただそれは、レーヴェの元の性格が露わになったというのではない。そうして振る舞うのを選んだだけだ。
道化者に属している方が動きが取りやすいだけのことだった。
怒りが去ってからは、より中身が虚ろになった気すらする。何か一つ、自分の中に石を落としてみたところで、ほとんど反響もなく落下していくだろう。表面的には笑ってみたり、怒ったふりをしてみたりはできるけれど、中では何も響いていない。
こうやって演じていれば、いつか自分がそういう性格だったと信じこんで定着していくかもしれない。
ただ、昔より悪事に手を染めるのが億劫になっただけにすぎず、心を入れ替えたわけではない。結局レーヴェは性悪なのだ。そこだけは変わらない。
期間限定の仲間達は、これからどこへ行くのかそれぞれ話していた。こういう仲間からの仕事の紹介も多い。
「レーヴェ、人助けの仕事があるぞ。やらねーか」
「やらない。殺しなら得意だが、人助けは勘弁だ」
二人の人間を助けられなかったという記憶が、レーヴェの心の奥深くに、重く冷たい後悔となって沈んでいた。自分は誰も助けられない人間だ。助けようとしてまた挫折を味わうのが嫌だった。
だから、どっちが良いんだか悪いんだかわからない小競り合いに顔を出して、敵だと言われた相手を叩っ切っている。それが一番楽なのだ。運動にもなる。
これからどこへ向かおうかと考えた。ファイエルト国の南方、砂漠の国ザフルの辺りをうろつくことが多く、正式に軍隊に入らないかと誘われているがもちろん応じる気はない。
暑いのには飽きたから、ファイエルトに戻ろうか。どの道すぐに金は稼がねばならないだろう。
しかし近頃は単調な日々を過ごしていて退屈だった。女と交わるのも賭け事も暇潰しに近いが、あんまり面白いとは思えなくなっていた。何か刺激がほしい。
などと横になりながら考えていると、仲間の一人が妙な話をし始めた。
「俺は西の帝国から来ただろう? そんでまあ、遙々こんな砂漠地方までたどり着いたわけだが……。ディアノド帝国の隣はファイエルト国だが、そこはリトスロード侯爵領だ。知ってるだろう」
レーヴェもリトスロード侯爵のことは知っている。人となりなどは聞いていないが、国の中でもかなり変わった貴族で有名だ。
その侯爵一族が治める領地は馬鹿デカい。国全体の四分の一以上がリトスロード侯爵領なのである。その大半は、人も住めない荒れ地だったり、山や森だったりするのだが。
「で、長い時間かけてリトスロード侯爵領を通ったんだが、途中で面白い話を聞いてなぁ」
男は――名はシンシバルだ――、にやにや笑いながら、一同の顔を見回した。
「侯爵領のどこかには、変わった一族が住んでいるんだとよ。男が男を産む一族だ」
「げえ、どういうことだよ」
「意味がわかんねぇ」
「嘘だ」
と集まった者達は各々反応を示す。それにシンシバルは満足したようにまたにやつく。
「嘘じゃない。何でも古い家らしくて、女が生まれず嫁もとらない。だから男が産むんだ。その男がまた息子を産む」
「あり得ねぇな。シンシバル、お前見かけによらず、聞いたお話は鵜呑みにして信じこんじまう純粋な野郎なのかよ。じゃあ俺も教えてやろうか。この砂漠には、妖精が出るんだ!」
「茶化すんじゃねぇ! 本当だっつってんだろ! 山奥の館に引っこんで暮らしてるそうだ。貴族ってわけではないらしいが、強い魔力を持つ一族だとよ。名前も聞いてる」
毛むくじゃらのシンシバルはこの中でも特に大柄な男である。のばした髭にはまだ敵の血がこびりついている。力自慢で、首をはねるのが上手い。
「それで、その名前は」
「アンリーシャだ。間違いない」
そしてシンシバルの聞いたところによると、アンリーシャの男は皆かなりの美形であるという。山の中にひっそりと隠れ住む、謎の一族。
「美形って言ったってな。男だろ? そもそもどうやって子作りするんだよ。だって男には……突っ込むところがねぇじゃねーか」
仲間の一人が下品な笑みを浮かべて、片手の指で輪を作り、もう片手の指を出し入れして見せる。皆が笑った。
「それともそういう特殊な一族は、男でも穴が多いのかな?」
「どんなのだって、男なら抱きたくないな」
わいわいと話が盛り上がる中、黙って聞いていたレーヴェが体を起こした。
「シンシバル。それは誰から聞いた話だ?」
「侯爵領内で道に迷ってばったり会った旅人から聞いたんだよ。そいつは、アンリーシャが住む近くにある村に立ち寄ったんだ。そこで聞いた。本物を見たそうだぜ。アンリーシャの若様をな。だから嘘じゃねぇんだって」
若様というからには、その変わった一族には若者がいるのだろう。
「村ってのはどの辺にあるのかわかるか」
「おいおい、レーヴェ」
仲間達は顔を見合わせた。
「まさかその奇天烈なアンリーシャとやらをさがしに行くつもりじゃないだろうな」
「そのつもりだ」
「おいおい、なんて物好きだよ! 暇か!」
「暇なんだよ」
やることがない。暇を持て余している。何か面白いことがないかと思っていたところである。
「見つけてどうすんだ?」
レーヴェはちょっとだけ首を傾げたが、すぐに口を開いた。
「味見させてもらおう」
「マジで言ってんのかよ。男だぞ!」
「俺ぁ男も抱くんでね」
レーヴェは性別よりも好みであるかどうかを重んじている。美形は好きだ。アンリーシャが美形であるというのなら、どれほどのものか興味がある。
経験人数は数え切れないほどで、様々なプレイも体験してきたが、近頃は目新しいものに出会っていない。
男を産む男など、そうそう抱けるものではないではないか。どんな体をしているのか、見てみたい。
「そんなわけのわからんのに突っこむためだけに、あの魔の侯爵領に行くってのか? 馬鹿だなぁ」
「怖かねーもん」
レーヴェはシンシバルからさらに詳しい話を聞き出して、今後の予定を決めた。
どうせ、仕事がなければあてもなくふらふらする毎日だ。目的がある方がいい。
こうしてレーヴェの次の行き先は、ファイエルト国のリトスロード侯爵領へと決まったのだった。
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