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第一部 聖剣とろくでなし

48、逃れられない

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 どうしたらいいのだ。ここで暴れればいいのか。
 レーヴェはなんだか、自分のしていることが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 絶対に死んでやるものかと息巻いていたのに、処刑されるかもしれないと思いながら悪事を繰り返していたのでは行動が矛盾している。

 国王の前で暴れればすぐにその場で殺されるだろうが、騎士になりたくないためにそんな形で一生を終わるのは間抜けである。
 冷静になってみると、今までは自棄を起こしていたのかもしれない。

 つまりはレーヴェは、エデルルークにうんと嫌がらせをしたかったのだ。そして、騎士団を追い出されたかった。殺されたかったのではない。だとすると、加減を間違えている。

 ガキの癇癪みたいではないかと思うと、情けなくなってきた。大人になった気でいたが、どうも、まだかなりのガキである。それを、まざまざと思い知った。

「レーヴェルト・エデルルーク」

 国王は腰を折り、レーヴェに視線を合わせてきた。

「皆、運命というやつからは逃れられぬ。どこまでも追いかけてくるのだ。どれほど足掻こうとな」

 お前は聖剣に選ばれた、と国王が穏やかな声で言う。低く響きはまろやかで、ゆったりとした口調だった。

「お前は気の毒な青年だ。娼婦から生まれて捨てられ、蔑まれ、望まぬままに聖剣の使い手になることを強要された」

 同情されているのだろうか、とレーヴェは軽く唇を噛んだ。
 続く言葉は、意外なものだった。

「私も、望んで王になったわけではないのだよ」

 レーヴェが目を見開く。
 そして、レイフィル二世の生い立ちについてを思い出した。

 彼は王の血を継いではいるが、母親はそもそも、ただの菓子屋の娘だった。王の子を身ごもって、慌てて伯爵家の養子となり、側妃となって王宮へあがった。
 王位継承権は二位だったその息子は、王位を継ぐ予定ではなかったのだが、正妃との息子がわけあって追放され、結局彼が王となったのだ。

 ――菓子王め。

 レイフィル二世をそう揶揄する者もいた。菓子屋の娘の血を引く国王。血が卑しいと、一部の貴族は彼を認めようとしなかった。

「レーヴェルト。誹りも哀れみも同情も、何の足しにもならぬ。そうであろう?」

 そうだ。そんなものに振り回されたりあてにしていたら、足元をすくわれる。大切なものはもっと、確かなものなのだ。
 気にしているうちはまだまだなのかもしれない。

「人は生きるべき場所で生きるしかない。お前は聖剣の使い手という立場から逃れられないだろうな。それほどまでにその剣は特別なものだからだ」
「しかし、私は騎士になれるような男では御座いません」
「まだ言うか。頑固だな」

 国王は朗らかに笑った。

「確かにお前は、まだ迷いが多いようだ。さがし出した私も多少責任は感じている。希望を聞こうか。猶予を与える。お前はこれから、どうしたいのだ?」

 もし今、思いつく限りの非礼な言葉をぶちまけたところで、この男は笑うのではないだろうか。「語彙が貧弱だ、その程度で一国の主の不興を買えると思うか」とまともに受け取らなさそうである。
 恐ろしく気が長くて、我慢強い男なのかもしれない。

「……修行をさせていただきたく……諸国を回り、見識を広げ、剣の腕を磨きたいと思っております」

 王都には一秒だっていたくないのである。許されるのなら離れたい。できるだけ長く。
 そんな自身の願いに、たった今気がついた。

「お前はまだ未熟者故、それもよかろう。ただし条件がある。聖剣は置いていけ。そして時折戻ってきて顔を見せるのだ」

 今すぐ騎士団に戻れと言われるよりはましに思えた。
 騎士団に戻れば、また周囲と摩擦を起こし、国王の元に引きずられていって説き伏せられるの繰り返しになりそうだ。

 しかも何度繰り返しても、国王は引かないだろう。レーヴェが決定的なことをしない限りは。
 こうなっては、腹を決めるしかなかった。
 レーヴェはのろのろとした動作で、腰のベルトを外した。そしてゆっくりと両手で剣を掲げる。

 国王は剣を受け取った。
 重いはずだが、彼は案外軽そうにそれを手にしている。そういえば、レーヴェが剣に選ばれたあの日も、重そうな素振りを見せずに渡してきたのだった。

「この剣と離れるのは寂しかろう。いつでも戻ってくるといい。お前の愛しい剣は、私が預かっておく」

 レイフィル二世は微笑んだ。
 あらゆることを見透かされている。拗ねても、噛みついても、せせら笑っても、レーヴェが隠し通そうとする心が、彼にはわかるのだ。上っ面の誤魔化しなど通じない。

 吠え立てる犬を、叱るでもなく撫でるでもない。ただじっと、穏やかな目で見つめ続ける。そうするとその犬は次第にうろたえて、尻尾を巻いてしまうのだ。
 レーヴェは、この人が苦手だと思った。これほどはっきりと、誰かが苦手だと思うのは人生で初めてだった。嫌悪ではない。

 なんとなく、かなわないと感じた。圧倒的な懐の深さとでもいうのだろうか。さすがは王の器である。
 身体が重く感じて、視線も下がっていく。レーヴェは膝をついたまま、うなだれるように頭を垂れた。
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