上 下
46 / 115
第一部 聖剣とろくでなし

46、国王

しおりを挟む

 * * *

 結果から言うと、レーヴェルト・エデルルークの騎士生活は一ヶ月しかもたなかった。

 一週間ほどはおとなしくしていたのだが、その後は常軌を逸した行動の連続だった。あまりのことに、周囲も上手く対処ができなかったほどだった。

 まずレーヴェは、同僚二人を出会い頭に殴った。それも聖剣で、だ。入団式の時に無礼な口をきいたのを思い出したからだ、とレーヴェは発言した。
 意味もなく物を壊すし、酒場のごろつきみたいに誰かかれかにつっかかる。しかも、手が出る。
 訓練では組んだ相手を手加減なく執拗に攻撃して負傷させた。挙げ句に宿舎に女まで引っ張りこむ。

「気でも狂ったか!」

 呼び出しに応じないレーヴェをトリヴィスが廊下で捕まえて叱責したが、レーヴェは無言で剣を抜いて柱を壊すと、薄ら笑いを浮かべながら立ち去った。

 皆、ほとんど唖然としていた。
 彼がこのような振る舞いをする意味がわからないのだ。彼にとって得することなど何もないし、早晩追い出されるのは目に見えていた。


 国王レイフィル二世が控えている部屋に、レーヴェルトは左右から二人の男につかまれて引きずられてきた。その後ろから入ってきたのは蒼白な顔をしたトリヴィスだ。
 押さえつけているのは騎士二人。レーヴェルトは散々殴られて、頬を腫らし、口の端を切っていた。だが飄々とした態度である。

 国王は事前にある程度事情を聞いてはいた。だが改めて、トリヴィスが説明をする。

「国王陛下。突然のご無礼をお許し下さい。この者はエデルルークの血を引いております。レーヴェルトの咎は当主である私の咎。どんな罰をも受けましょう。騎士の処分については本来、陛下をわずらわせることなくこちらで決定しております。しかし、レーヴェルトは一応、聖剣の使い手という特殊な立場にあります。解任するにも陛下の許可を頂かなくてはと思い、こうした見苦しいものをお見せすることと相成りました」

 血の気を失ったトリヴィスは、相当興奮しているらしかった。早口で述べる。
 国王はトリヴィスと騎士、そして暴力による制裁を受けたらしいぼろぼろになったレーヴェルトを順に見る。特に険しい顔もしておらず、むしろ表情は穏やかだった。

「陛下。私の監督責任であります。私は……」
「トリヴィス。落ち着くのだ」

 軽く手をあげると、トリヴィスは口をつぐんだ。
 国王の元へもたらされた報告はこうである。レーヴェルトは恐れ多くも、国王陛下を公衆の面前で侮辱するような言葉を口にした。この頃の素行の悪さは甚だしく、目に余るという一言では片づけられない。

 トリヴィスは今すぐにでも王宮の敷地内からレーヴェルトを追い出したい様子だった。
 しばらく沈黙が続いたが、トリヴィスは後ろ手に縛り上げられているレーヴェルトに声をかけた。

「お前は、初めて私の前に連れて来られた時も同じような格好をしていたな」

 レーヴェルトは答えず、その態度にトリヴィスが拳を握って額に青筋を浮かべる。

「何と言ったのか聞こうか、レーヴェルトよ」

 これにレーヴェルトは素直に従う。

「『国王がどうしたってんだ。俺にとっちゃよく知らないおっさんだ。そんなおっさんが死のうが生きようが関係ない。俺は守る気なんてない。何で俺がおっさん守るのに命張らなくちゃなんねーんだよ』」

 えらく淡々と言ったが、実際は大声を張り上げたのだろう。そばで控えている騎士二人は再現された暴言に肝を冷やして顔を青くし、トリヴィスは卒倒するのをこらえている様子だった。
 一方国王は、小さく吹き出した。

「陛下、これは不敬罪であります。勿論、我がエデルルーク家は王家に忠誠を誓っており、その心は何時も……」
「わかっている。トリヴィス、お前は少々前時代の空気を引きずっているようだな。今、不敬罪で裁くのは余程のことだ。この程度で罪を問うていたらきりがない」

 エデルルークのように長きに渡り王家に仕え、騎士としての矜持を持つ者にとっては大罪なのだろうが、今ではもっと口さがない暴言を言ったところで特に処罰はされないのだ。あまりに侮辱の度合いが酷い時や、王族の身に危険が及ぶことを予期させるような言動をとればまた別だが。

「レーヴェルトは騎士に相応しくはありません。聖剣はやはり、王家で保管していただくのが宜しいかと」

 トリヴィスの訴えに、国王は首を傾げて顎を撫でている。少しの間考えにふけっているようだったが、一つ頷いた。

「レーヴェルトと二人だけで話がしたい。お前達は外してくれるだろうか」
「しかし陛下……」
「この男と二人きりにさせるわけにはいきません!」
「陛下の御身が危険であります!」

 トリヴィスと騎士二人は口々に言った。
 国王は瞬きをしてレーヴェルトを見やる。

「心配せずとも私は王室付き魔術師によって、ある程度の攻撃は防御できるよう防護魔法をかけられている。それに、このレーヴェルトが私を襲うほど度胸があるとは思わないがな」

 この発言には、レーヴェルトもぴくりと眉を動かして反応した。
 去るには抵抗があるらしかったが、王命とあれば従うしかない。彼らは王の騎士である。おとなしく聞き入れて、三人は退出していった。

 部屋にはレーヴェルトと国王が二人、残される。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました

昼から山猫
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...