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第一部 聖剣とろくでなし
46、国王
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結果から言うと、レーヴェルト・エデルルークの騎士生活は一ヶ月しかもたなかった。
一週間ほどはおとなしくしていたのだが、その後は常軌を逸した行動の連続だった。あまりのことに、周囲も上手く対処ができなかったほどだった。
まずレーヴェは、同僚二人を出会い頭に殴った。それも聖剣で、だ。入団式の時に無礼な口をきいたのを思い出したからだ、とレーヴェは発言した。
意味もなく物を壊すし、酒場のごろつきみたいに誰かかれかにつっかかる。しかも、手が出る。
訓練では組んだ相手を手加減なく執拗に攻撃して負傷させた。挙げ句に宿舎に女まで引っ張りこむ。
「気でも狂ったか!」
呼び出しに応じないレーヴェをトリヴィスが廊下で捕まえて叱責したが、レーヴェは無言で剣を抜いて柱を壊すと、薄ら笑いを浮かべながら立ち去った。
皆、ほとんど唖然としていた。
彼がこのような振る舞いをする意味がわからないのだ。彼にとって得することなど何もないし、早晩追い出されるのは目に見えていた。
国王レイフィル二世が控えている部屋に、レーヴェルトは左右から二人の男につかまれて引きずられてきた。その後ろから入ってきたのは蒼白な顔をしたトリヴィスだ。
押さえつけているのは騎士二人。レーヴェルトは散々殴られて、頬を腫らし、口の端を切っていた。だが飄々とした態度である。
国王は事前にある程度事情を聞いてはいた。だが改めて、トリヴィスが説明をする。
「国王陛下。突然のご無礼をお許し下さい。この者はエデルルークの血を引いております。レーヴェルトの咎は当主である私の咎。どんな罰をも受けましょう。騎士の処分については本来、陛下をわずらわせることなくこちらで決定しております。しかし、レーヴェルトは一応、聖剣の使い手という特殊な立場にあります。解任するにも陛下の許可を頂かなくてはと思い、こうした見苦しいものをお見せすることと相成りました」
血の気を失ったトリヴィスは、相当興奮しているらしかった。早口で述べる。
国王はトリヴィスと騎士、そして暴力による制裁を受けたらしいぼろぼろになったレーヴェルトを順に見る。特に険しい顔もしておらず、むしろ表情は穏やかだった。
「陛下。私の監督責任であります。私は……」
「トリヴィス。落ち着くのだ」
軽く手をあげると、トリヴィスは口をつぐんだ。
国王の元へもたらされた報告はこうである。レーヴェルトは恐れ多くも、国王陛下を公衆の面前で侮辱するような言葉を口にした。この頃の素行の悪さは甚だしく、目に余るという一言では片づけられない。
トリヴィスは今すぐにでも王宮の敷地内からレーヴェルトを追い出したい様子だった。
しばらく沈黙が続いたが、トリヴィスは後ろ手に縛り上げられているレーヴェルトに声をかけた。
「お前は、初めて私の前に連れて来られた時も同じような格好をしていたな」
レーヴェルトは答えず、その態度にトリヴィスが拳を握って額に青筋を浮かべる。
「何と言ったのか聞こうか、レーヴェルトよ」
これにレーヴェルトは素直に従う。
「『国王がどうしたってんだ。俺にとっちゃよく知らないおっさんだ。そんなおっさんが死のうが生きようが関係ない。俺は守る気なんてない。何で俺がおっさん守るのに命張らなくちゃなんねーんだよ』」
えらく淡々と言ったが、実際は大声を張り上げたのだろう。そばで控えている騎士二人は再現された暴言に肝を冷やして顔を青くし、トリヴィスは卒倒するのをこらえている様子だった。
一方国王は、小さく吹き出した。
「陛下、これは不敬罪であります。勿論、我がエデルルーク家は王家に忠誠を誓っており、その心は何時も……」
「わかっている。トリヴィス、お前は少々前時代の空気を引きずっているようだな。今、不敬罪で裁くのは余程のことだ。この程度で罪を問うていたらきりがない」
エデルルークのように長きに渡り王家に仕え、騎士としての矜持を持つ者にとっては大罪なのだろうが、今ではもっと口さがない暴言を言ったところで特に処罰はされないのだ。あまりに侮辱の度合いが酷い時や、王族の身に危険が及ぶことを予期させるような言動をとればまた別だが。
「レーヴェルトは騎士に相応しくはありません。聖剣はやはり、王家で保管していただくのが宜しいかと」
トリヴィスの訴えに、国王は首を傾げて顎を撫でている。少しの間考えにふけっているようだったが、一つ頷いた。
「レーヴェルトと二人だけで話がしたい。お前達は外してくれるだろうか」
「しかし陛下……」
「この男と二人きりにさせるわけにはいきません!」
「陛下の御身が危険であります!」
トリヴィスと騎士二人は口々に言った。
国王は瞬きをしてレーヴェルトを見やる。
「心配せずとも私は王室付き魔術師によって、ある程度の攻撃は防御できるよう防護魔法をかけられている。それに、このレーヴェルトが私を襲うほど度胸があるとは思わないがな」
この発言には、レーヴェルトもぴくりと眉を動かして反応した。
去るには抵抗があるらしかったが、王命とあれば従うしかない。彼らは王の騎士である。おとなしく聞き入れて、三人は退出していった。
部屋にはレーヴェルトと国王が二人、残される。
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