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第一部 聖剣とろくでなし

45、騎士団

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 * * *

「たす、け……」

 レーヴェは命乞いをする敵の首をはねた。
 散々自分も殺しておいて、助けてくれだなんて虫の良い話である。
 暗闇の中でレーヴェは辺りを見回した。遁走した敵を単騎で追いかけてしとめたのである。なんだか辺りに命令していたから偉い奴なのだろう。どうでもいいが。

「お前は運がいいよ。こいつはただの剣じゃない。国宝とも言われる聖剣だ。そんな立派な代物であの世に送ってもらえる奴なんて、そう多くはないぜ」

 この男も人望がなかったと見える。おそらく隊長とかそういった奴なのだろうが、馬が転んで落馬して、仲間は助けもせずに逃げて行ってしまった。
 一服しようかと岩に腰かけて、葉巻を取り出す。魔法で火をつけて、煙を吸いこんだ。周囲に広がるのは砂ばかりだ。砂漠の中での戦というのは楽ではないが、まあ、良い経験にはなる。

 雇われ兵というのはレーヴェにとってしっくりくる仕事だった。
 王都を出て、どうするというあてがなかった。誰か殺してやりたいと思っていたが、手当たり次第に手をかけていたらただの殺人鬼である。いずれは捕まって処刑されるだろう。

 どうにか糾弾されることなく人殺しをする方法はないかとさまよっていて、たどり着いたのが戦場だった。殺せる上に、金まで貰えるのだからありがたい。
 この頃はミルドのやっていた用心棒の仕事と傭兵の仕事などを代わる代わるやって、生活費を稼いでいた。

 戦に思い入れはない。紹介でやって来たにすぎないし、どことどこがどんな理由で争っているのかも知らなかった。
 憂さ晴らしができればよかった。
 それに目的はもう一つあった。

(あいつらの大事にしている聖剣を、散々血に染めて汚してやる)

 これが特別な剣であることも自分の素性も明かさずに、レーヴェは部隊に加わって黙々と敵に手をかけた。

(殺せるだけ殺してやる)

 なるべく目立たないように行動した。魔法も使えたが、戦場に魔術師は少なかったし、魔法を使うと注目される。

 ひたすら、剣で殺し続けた。
 騎士養成校に戻るなどという選択肢はない。あんな弱い奴らしかいないところでは技量が低下していく。
 ミルドの言う通り、鍛錬は怠ってはならないのだ。

 かといって強い奴などそうお目にかかれないから、温いと感じるもののこうして、命を奪い合う場に身を置くことにした。

「レーヴェ、またやったな」

 追いついた仲間が、高揚した様子で声をかけてくる。

「やったってほどじゃねーわ。こいつ勝手に転んだんだぜ」
「昇進するんじゃないか」
「外国人なのにか? 俺は下っ端でいいよ。面倒なのが嫌いなんだ」

 レーヴェは外国人の傭兵部隊でまとめられている中の一人だ。活躍を認められ、もっと上の立場をやってみないかと打診されるが断っていた。
 目立たないようにするのも楽ではない。

 仲間が魔道具で空へ合図を送り、別の仲間を呼び寄せる。
 レーヴェは岩に腰かけて、煙を吐きながらぼんやりと暗い夜空を眺めていた。

 何も感じない。
 あれほど苛烈だった怒りもどこかへ消えて、悲しみも苦しみもない。空っぽだ。
 エデルルークに、あの女に、嫌がらせをしてやろうとは思っている。そして、絶対に簡単に死んだりしないと決めている。
 それだけだった。

 自分の中には何もない。
 口をすぼめて煙を吐き出す。もう、考え事をするのすら面倒で、動くのも億劫で、ここらで寝てしまいたかった。

 さっき死んだばかりの男の生首が、恨めしそうにこちらを睨んでいる。

 * * *

 季節は春になり、レーヴェは二十歳になっていた。

 つまりは二年以上血にまみれた無為な日々を送っていたわけで、これといってその期間は何も変化がなかった。
 エデルルークの回し者が自分を追いかけていたのは知っているが、別にまこうとも思わなかったし、好きなようにさせていた。

 順当に行けば二十歳の年に、騎士団に入団することになっていた。本来であれば養成校を卒業して入団となるのである。途中でとんずらをしたレーヴェにはその資格がない。

 だがレーヴェは聖剣に選ばれし剣士である。それは関係者であれば誰しもが知るところだ。
 特別に、入団試験を受けることになり、レーヴェの強さは申し分なしと証明された。
 トリヴィスを見かけたが、彼とは会話を交わさなかった。向こうは苦い顔でこちらを見るばかりである。


 入団式というのがある。

(なんとか式なんとか式って、お堅いところは式ばっかりだな。馬鹿らしい)

 支給された制服に袖を通し、レーヴェはおとなしく会場へと向かう。
 整列していると、周囲からひそひそ声が聞こえてきた。

「あれだ。エデルルークの」
「聖剣に選ばれたって? だが、落ちこぼれだそうじゃないか。音を上げて養成校から逃げ出したって話だぞ」
「特別扱いされて、どこまでついてこられるもんだか、見物だな」

 レーヴェは制服の首元を緩めた。きつくてやっていられない。カーレンライトの四男坊もいるのかと視線を巡らせてみたが見当たらない。そういえばあれは年上だったから、もう騎士になっているのだろうか。

「レーヴェルト。しばらくだな」

 声をかけてきた主は、イーデンだった。見る度にたくましくなっている。
 イーデンはレーヴェの顔と、そして腰に帯びている聖剣に目をやる。

「無茶な暮らしをしていたそうだな」
「そうでもない。快適だった」
「正直、君がここへ来るとは思わなかったよ」

 イーデンは真面目な顔でレーヴェを見つめた。嫌みではなく、真実そう思っているらしい。

「戻ると書いたからな。それにお前達は、俺に、騎士になってほしかったんだろう?」

 言ってレーヴェは口の端を上げて笑う。
 イーデンは少々眉を曇らせた。

 そんなに不安そうな顔をすることはない。イーデンの心配事はおそらく、全て現実になるだろう。
 トリヴィスが壇上に立ち、何やらありがたいお説教を始める。レーヴェはほとんど聞いていなかったが、視線はトリヴィスからそらさなかった。

 それにあちらも気づいたらしく、目が合う。トリヴィスの目は猜疑に満ちていた。

(やれやれ。そっちが言ったんだぜ。お前は騎士になるんだってな。ご要望に応じて馳せ参じた俺に、なんて失礼な顔をして見せるんだよ)

 来なければ来ないで文句を言うに決まっている。
 だが歓迎されるよりは嫌がられる方が気分が良い。愉快な気持ちで、レーヴェはトリヴィスににやにや笑いを向けていた。

(心を入れ替えたと思うのなら、大間違いだ)

 お前らの言いなりになど、なるはずがない。
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