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第一部 聖剣とろくでなし

44、行方

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 * * *

 体の具合がいくらかましになってから、レーヴェは独自に事件について調べた。たかが一人の若造に調べられることは限度があったが、それでも自分なりに手を尽くした。
 アリエラの言っていたことはどうも本当らしかった。
 自分は思った以上に恨まれており、エデルルークの一族の輩が何度かレーヴェに仕掛けようとしてきたらしいという裏が取れた。

 レーヴェが想像していたより、エデルルークは特別な貴族だったようだ。それを今になって知ったのだから笑える話だが。

 このファイエルト国には、三つの古い貴族の一族がある。一つはウェイブルフェン公爵家。もう一つはリトスロード侯爵家。この二つは、建国よりも古くから続く一族だという。そして騎士の一族、エデルルークは名前をいただいたのは国が始まってからだが、やはり一族はたどっていくと古く、千年より遙か昔から、聖剣は受け継がれてきたそうだった。

 エデルルークは代々騎士爵を与えられるが、それは他の騎士爵とは違う、特別な爵位である。常に王のそばに侍り、王の身を護ってきた。
 そんなエデルルーク家は一目置かれる存在であり、信奉する者もいる。

 レーヴェを襲った者についてだが、アリエラが絡んでいるという証拠はいくら探ってもつかめなかった。むしろ、別の者が手配したらしいことを探り当ててしまった。
 カーレンライトだ。

 正確に言うと、カーレンライトにすり寄りたい輩らしい。だがレーヴェは信用していなかった。やはりアリエラが黒幕なのではないかと疑っている。
 狡くてぬかりのないアリエラのことだ。別の人間の仕業に見えるよう、工作したのではないか。

 だがどうしても、証拠がない。
 レーヴェの負けだった。

 レーヴェは騎士養成校には戻らなかった。それどころか王都から姿を消した。聖剣を持ったまま。
 ただ、一枚の書き置きだけを残して。

 * * *

 イーデンは父の書斎に許可を得て入室をした。
 父の顔色はこの頃、特に優れない。問題が山積しているからだろう。それも、容易に解決できないような問題ばかりだ。

 報告書と思われる書類を睨みつけ、ため息をついてそれを机に放る。
 イーデンは週末の休みに外出許可を取り、エデルルーク邸へと戻ってきていた。
 レーヴェルトがいなくなってから、もう半年経つ。屋敷の修理は完了し、以前と変わらない日常が戻りつつあった。

「結局、犯人はわからずじまいなのですか、父上」

 イーデンが尋ねているのは、レーヴェルトを襲撃した人物とその黒幕についてだ。巷では、何らかの勢力同士が揉めたのだろうという噂が出ていたが、やがて人々も飽きたのか口の端にはのぼらなくなり、皆忘れていった。

「逃げたそうだ。カーレンライトが頼んでもいないのに、取り入りたい者が気を回して派手にやりすぎたと」
「……本当でしょうか」

 カーレンライトが直接関わっていないにしろ、名前が出ると都合が悪く、だから有耶無耶にされている。この件は誰にとっても公にならない方がよかったのだ。
 レーヴェルトが狙われたことすら知られるべきでなかった。彼の行状が明らかになればエデルルークの評判も落ちる。

 イーデンも調べてみたが、やはりはっきりとしたことはつかめなかった。
 意を決して、イーデンは恐ろしい可能性について口にする。

「母上は関わっておられないのですか」

 書類をめくろうとしていたトリヴィスの手がぴくりと止まった。だが表情には変化がない。

「ないだろう。調べてはみた。アリエラが関与していそうな証拠は見つけられなかった」
「…………」

 アリエラ・エデルルーク。イーデンと弟ガウリルの継母。
 彼女は、恐ろしい人だった。
 エデルルーク家当主の妻としては、少しも不足がない。知識も品もあり、粗相はしたことがない。

 彼女はエデルルークの遠縁ですらない、全く関係のないさる伯爵家の娘であり、外部から来たものだ。
 だが今やアリエラはエデルルークの秩序であり、そして闇だ。
 王家を守る剣である、エデルルークに信奉し、ついには中にまで入りこみ、一部となった。

 アリエラがそもそもトリヴィスの二人目の妻となったのは、トリヴィスがアリエラに助けられたからだった。
 トリヴィスと息子のイーデンは、敵対勢力に殺されかけたことがある。アリエラは秘密裏にその敵を抹殺したのであった。その手際は見事であり、アリエラの仕組んだことだとは露見しなかった。

 トリヴィスが糾弾できるはずもない。何故ならそれはトリヴィスのためであり、ひいてはエデルルークのためだったのである。
 家の歴史が長ければ、それなりに秘密も禍根もある。時に暗殺という手段をとらざるをえなかった。総合的判断して、それが正しいという場合があったのだ。

 命を救われた手前、トリヴィスはアリエラに強く出ることができなくなった。それはイーデンも同じである。
 アリエラは多くの局面で、多少過剰ではあるが完全に間違ったことはしなかったからだ。そしてイーデンもガウリルも溺愛されていたし、家族内には問題はなかった。

 アリエラとレーヴェは最悪の組み合わせなのである。アリエラは、少しでもエデルルークを汚そうとする者を許さない。

 ――母上。あなたはレーヴェルトを殺そうとしているのですか?

 そんなことを、イーデンが聞けるはずもなかった。
 無意味だ。
 ええ、そうです。いいえ、そんなことはありません。どう答えられたとしても、その後の問答は想像できる。

 頑なな母をイーデンは変えられない。余所者であったはずのアリエラは、誰よりもエデルルークという家を重んじながら生きている。
 ところでレーヴェルトの動向だが、これは意外にもはっきりとつかめていた。

「あれを連れ戻すべきか悩んでいる」

 トリヴィスが机の上から拾い上げたのは、レーヴェルトが失踪した時に残した書き置きである。

『騎士団に入る時には王都戻ってくる。聖剣は責任を持って俺が預かっている』

 というようなことが簡単に示されていた。
 何だか不可解で、イーデンにはよくわからない。レーヴェルトが何を考えているのか、イーデンにはいつもよくわからないのである。

 恨み辛みをつづり、二度と戻らないむねを書き付けて出奔する方が彼らしいと思うのだが。
 そういえば、イーデンが置いていったそれなりにまとまった額の金も持っていったらしい。こんな金に手をつけるか、と投げ捨てると思いきや、案外現実的なのかそこにはこだわらなかったのだろう。

「彼が何をして、どこにいるのかは父上も把握しているのでしょう?」
「ミルドがやっていた用心棒のような仕事の他に、南方での紛争に首をつっこんでいるようだ。雇われ兵だな」

 国内はおおむね平和だが、南方の小国は衝突を繰り返しており穏やかではない。傭兵の仕事はあると聞く。
 エデルルーク家から派遣された者が、レーヴェルトを追いかけ、その動きを逐一トリヴィスに報告している。今のところ、レーヴェルトはさほど問題を起こさずに暮らしているらしい。聖剣も無事だ。

「私は、ほうっておく方がよいと思いますが。今戻ってきても、ろくなことにはならないでしょう。騎士団へ入る意思はあるらしいですし。いずれ戻ると書いてあります」

 何を考えているかは知らないが、アリエラと距離を置くのは正解らしく思われた。今後どのような展開になるのか想像もつかないが、ひとまず状況は落ち着いている。
 イーデンは当初途方に暮れたものだ。必ずやレーヴェルトはアリエラを討ち取りに来るだろうし、アリエラもレーヴェルトを亡き者にしようとするだろう。

 アリエラだけではない。エデルルークの縁者親戚の中にも、彼をエデルルークから追い出すべきだと主張する者は多かった。
 レーヴェルトには、騎士団に入ってもらわなくてはならないのだ。おおっぴらにはしていないが、聖剣の使い手が存在するのは知れ渡っている。

 どれほど扱いにくい男だったとしても、使い手は彼しかいない。万が一聖剣が必要な事態になった時、レーヴェルトがいなくては困るのである。
 聖剣の使い手は一種のシンボルでもあった。いるのといないのとでは大違いだ。

「あれに騎士が務まると思うか?」

 問われて、イーデンは返答に窮した。
 能力は申し分ない。イーデンは、レーヴェルトという男は本人が思っているほどたちの悪い人間ではないと判断している。

 けれどあまりに彼は意固地で、従うのを嫌っていた。反抗心が強すぎた。
 主に命を捧げることを誓う騎士には、向いていない。
 イーデンは別のことを言った。

「父上。レーヴェルトは気の毒な男です」

 イーデンの本心だった。
 イーデンは彼を哀れんでいた。それが伝わるから嫌われるのかもしれないが、どうしても同情してしまう。
 皆が彼を蔑んだ。それで余計に彼は荒むのだ。

 イーデンは特にレーヴェルトに嫌悪感を抱いてはいないが、父は違った。父はレーヴェルトを嫌っている。
 彼が聖剣の使い手だからだ。そのたった一つの事実のために、レーヴェルトがたとえあれよりまともな振る舞いをしていたとしても、好くことはできなかっただろう。

 エデルルークに生まれた男は、聖剣に選ばれなければ誰もが、負い目を感じて生きている。

「レーヴェルトは我が強すぎる。頭の悪い駄々っ子ではないか。いいか、確かにあれは思うような人生が歩めずに窮屈な思いをしていたのかもしれない。だが、一方で自分がとても恵まれているということに気がついておらん。いくらでも、あれは多くのものを手に入れられた。それをわざわざ踏みつけて、火に飛びこむことをしたのだ」

 誰にだって義務がある。それを果たさなければ不利益を被るのは当然だ、と父は吐き捨てた。
 レーヴェルトは聖剣に選ばれた。だから役目を果たさなければならなかったのだ。そして役目を果たせば、それなりのものも与えられたはずだった。

 苦しいのはレーヴェルトだけではない。父はそう言いたいらしかった。
 イーデンはどことなく暗い気持ちになる。
 自分が聖剣の使い手に選ばれていれば、誰も苦しまなかったのだろう。レーヴェルトは誰にも見つからず、貴族の血を引いているのも知らないで、好きなように暴れて生きていったのかもしれない。

 父も母も喜んだ。自分なら、聖剣の使い手として生きていく覚悟ができている。
 だが、仕方がない。いくら妄想してもそれは妄想で、現実にはならないのだ。その妄想は酸のようにイーデンに降りかかり、いつも心をぼろぼろにする。

 誰にも彼にもすまないような気がした。自分が力不足であることが。
 だがイーデンは、それで荒れたりはしない。自身の立場をわきまえて、精一杯、与えられた役目を果たすのだ。

 イーデンは狩りにでかけて獲物をしとめると、いつも気の毒に思った。
 この兎という生き物はとても可哀想だ。外敵に怯え、始終心安まらずに生きている。なんと苦しみの多い生き物だろう。人間に生まれてくれば良かったものを。

 しかしこの頃は考えを改めた。
 人間だって大して変わらない。思い通りにいかないことばかりだし、命があってもがんじがらめで苦しい思いをする。

 悩む頭がないだけ、兎は幸せかもしれない。

(次に生まれてくるとしても、エデルルークはすすめられないな)

 心の中で独り言を言い、イーデンは苦笑する。誰にも聞かせられない言葉であった。特に、継母には。
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