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第一部 聖剣とろくでなし
43、焚き火
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目を覚ますと、汚い天井が視界に入った。
なんとなく見覚えがあると思ったら、ミルドの寝床だ。
「目が覚めたか」
声をかけられて視線を転じると、いるはずのない人間が粗末な木の椅子に腰かけている。
イーデンだった。
「うちで療養してもらうのが一番だが、君は嫌がるだろうと思って、ここに運んだ」
イーデンは有名貴族の子息らしく、いつも綺麗な身なりをしている。だからこんな、あばら屋より少しましといった有様の住居の中にいるのが全く似合わなかった。
「生きていられるはずがない怪我だったそうだぞ。奇跡だと。医者の見解によると、聖剣の加護があったかららしい」
傷は丁寧に縫合されていたが、痛みはまだかなり残っていた。あれから三日ほど意識を失っていたようだ。
聖剣の加護というのは何となく感じている。突き刺されて内臓も傷ついているらしく、出血もおびただしかったのだからまず間違いなく死ぬだろう、普通は。
レーヴェは口を開かず、無言で天井を眺め続けていた。
あれほど自分の中を占拠していた黒いものはどこかに消えてしまったらしく、どことなく空虚だ。怒りとか悔しさとか、感情が何も湧いてこない。
「君を狙った輩についてだが、死体を目撃した者はいるが、死体は消えているそうだ。王宮でもこの件は深刻に捉えられ、調査が進められている。もちろん、うちでも調べているよ」
日にちの感覚がない。数えればわかりそうなものだが、そういう気力もなかった。
今は何時くらいだろう。イーデンは授業があるのではないだろうか。
そもそも復学しているのかも知らない。イーデンはボコボコにされて、療養を余儀なくされていたのだ。犯人は自分である。
「お前、怪我はもういいのか」
レーヴェが尋ねると、イーデンは不思議そうにまばたきをした。
「ああ。動くのにもう問題はないよ。学校には戻ってるんだ。君は当分無理そうだな」
イーデンは苦笑する。
「悪かったな。やりすぎた」
言って、短い沈黙の時が流れる。レーヴェはイーデンと目を合わせず、煤けた天井を見たままだ。
「……そう言ってほしいんだろ。お前は俺が、実はいい奴だって思いたいんだからな。もう行けよ。俺に関わるな」
助けてくれてありがとう、なんて台詞は、今締め上げられたところで口から出そうになかった。本音を言えば迷惑だ。誰にも借りを作りたくなかったからだ。ましてや、エデルルークの人間になんて。
イーデンは少しだけ、悲しそうに眉を下げた。
机に置かれていた筆記具を手にとり、紙に何かを書き付ける。
「医者の連絡先だ。治療費はここに置いておく。当面の生活費も。きっと君はドブに捨てるか、野良犬の口の中にでも突っ込むだろうが、好きにしろ。これは私の自己満足だ」
そう言ってイーデンは帰っていった。
やはりイーデンは、レーヴェのことを少しも理解していないらしい。レーヴェは犬が好きなのだ。金など食わせるわけがない。
一人になり、だからといって何を考えるでもなく、しばらくじっと横たわっていた。ふと思い出して視線をさまよわせると、壁に剣が立てかけられている。没収はされなかったようだった。
どことなく空腹を覚えるが、食べるものがあったかどうか。
身動きすると、体中が千切れそうなくらいの痛みがあり、脂汗が吹き出した。少し移動するのに、信じられないくらい時間がかかる。
長時間かけてやっと手が探り当てたのは、葉巻だった。幸いまだ何本もある。
のんきな腹はせっかちにも空腹を訴えているが、この状態でまともな食事をするのは、さすがに体に響く気がした。
額に汗を滲ませながら、横になったまま葉巻をふかす。灰が、ぼそりぼそりと寝床に落ちた。
たくさんのものが体から失われたようで、力が入らなかった。それはたとえば、歯が全部抜けたとか骨が全部抜かれたとか、そういった喪失感だった。
目をつぶると、ミルドの顔が浮かんでくる。二人で焚き火を挟んで、無言で過ごした夜。ミルドの照らされた顔。まるで、倒木のような彼の顔が。
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